第46話 リュカオンには秘密の思い出があるようです

「いい加減休みをください!!」


 十何度目かの報告に来て次の指令があるパターンに、思わず隊長の執務机をバンッと叩いた。隊長は眉すら動いていない。眉間に深いシワが刻まれたままだ。


「そんな大声を出さなくても聞こえている」


「だって、こうでもしないと次の指令渡して終わりじゃないですか!? リナもウラノスももう限界です! 2ヵ月も休みないんですよ!!」


 そもそもこの2ヵ月で寮の自室で休んだのは、10日もない。ただ寝るまでに戻ってこられただけの話だが。いい加減休みをもらってもいいはずだ。


「そうか、では1週間休んでいいぞ。この案件は……そうだなクレイグにやらせよう。そう伝えてくれ」


「……え、いいんですか?」


「何がだ?」


「休み1週間ももらっていいんですか?」


 いままでの討伐ペースを考えたら、ウソみたいな話だ。いや、ウソかも知れない。ぬか喜びはしたくないんだ。特にいまは!!


「なんだ、やはり討伐に行きたいのか?」


「いえ! ありがたく休みを頂きます! では失礼します!!」


 隊長の気が変わらないうちに、リナとウラノスの元に駆け足で戻った。


「やったぞ! 1週間の休みをもらったぞ!!」


「本当!? 1週間休んでいいの!? じゃぁ、お姉さまたちに誘われたから、温泉行ってくる!」


「私はラルフさんがお菓子を作ってくれるというので、ご馳走になってきます!」


「オレはプロキオンに帰る! 母さんの墓参りに行くんだ!!」


「「「じゃぁ、1週間後!!」」」


 こうして、3人の休暇は始まった。




     ***




 オレは久しぶりにプロキオンの街に戻ってきた。母さんの好きなユリの花を墓前に供える。いまでは余裕で花束を買えるようになった。心から信頼できるパーティーと、仲間もいる。


 ……母さん、もう心配しなくて大丈夫だから。オレはやっとオレのままでいいんだって、思えるようになったんだよ。



 カイトが母に思い伝えているときに、リュカオンもまた密かにカイトの母の墓石に語りかけていた。


 ……シャーロット、お前の望みは叶えてやったぞ。これで良いか?


 リュカオンは5年前の魔物の大暴走スタンピードがプロキオンを襲った日のことを思い出す。

 ————あの日、我は永き眠りから呼び起された。






『リュカ……オン…………リュカオン……』



「誰だ……? 我を呼ぶものよ、お前は何者だ?」



 封印されてからどれ程の時間がたったのか、ハッキリしない。ただ、肉体はとうに朽ち果てているらしく、魔力の塊となっていた。彼奴あやつ……レグルスの罠にハメられて、人間共に封印されたことだけは明瞭に覚えておる。永き眠りにつくまでは、この暗闇の中でただただ憎しみの炎を燃やしていたのだ。



『守人の一族、シーモアの名において貴方の封印を解きます』


「なに……? 封印を解くだと? また我を騙す気か!?」


『違います。貴方ならわかるはずよ。この封印に使われている魔力は、私たちのものだって』



 この声の主は人間の女か……まぁ、嘘をついていないのは理解できる。我の感じた魔力の中に、たしかにこの女の魔力も混ざっておった。



「ふむ、たしかにな。それで解放した途端に喰われるとは思わんのか?」


『食べたかったら食べてもいいわ』


「ほぅ……では一番最初にお前を喰らってやろう。その後は我を封印した者どもを喰らい尽くしてやる!!」


『でも、ただではあげない』



 この女、魔獣王であった我に対してずいぶんと余裕な態度であるな。ふむ、面白い。人間の分際でどこまでやるつもりなのか見てやろうではないか。



「取引か? よいであろう。条件を申してみよ」


『私の息子を守って。その生涯にわたって守り抜いて。それだけよ』


「そなたの息子だと……?」



 何だと? 己の為の交渉ではないのか?



『そう、カイトっていうの。私の愛しい子供なの。いま、この街は魔物の大暴走スタンピードに襲われていて、あの子も犠牲になってしまうかもしれない。カイトを助けてくれるなら、封印を解いたあと私を食べていいわ』


「我が人間とのそのような約束を守るともっておるのか?」


『あら、魔獣の王様がそんな簡単な約束も守れないのかしら?』


「何をぬかす! 人間ごときが!!」



 何だ、この女は!? 我の目の前におったら、いますぐ喰い殺してやるのに!



『その人間に封印されたのは貴方でしょう? まぁ、最後の力を使えば拘束の魔法くらい使えるわよ』


「貴様……! いい度胸をしておるな、約束しようではないか。我の封印を解くがよい!!」



 ここまで我を侮辱しおって! 約束など知ったことか! すぐに喰ってやる!!



『お願いね、リュカオン。守人の一族の名において宣言する。この地に封印されし王を解き放て。開錠リベラシオン!』



 急激に光に包まれた。肉体はないが、眼を開くと見知らぬ場所にいた。目の前に居るのは先ほどから話をしていた女だ。匂いでわかる。だがこれは————



 ————もうすでに死にかけではないか。手に抱いている赤子も息絶えているようだ。こんな死にかけの人間を喰い殺しても……つまらんな。



「初めまして、リュカオン。私はシャーロット・シーモアよ」


「なるほどな、お前たち一族は己の魔力を捧げて封印を補強し続けてきたのだな。まったく忌々しい」


 そうでもしなければ、人間ごときが我を千年もの間封印し続けるなどできる訳がない。


「そう、そのせいで魔力はないしこの地から動けなかったの。でもそんなことはいいのよ。私はもう魔獣に愛する人を奪われたくない、カイトだけでも守りたいのよ」


「それで我の封印を解いたのか……? 我は千年前とはいえ魔獣王であったのだぞ?」


 自分で聞くのもなんだが、この女は頭がイカれてるのか? 千年も魔力を注ぎ続けて維持してきたものを、こうも簡単に開放して問題ないのか?


「ええ、そうよ。だから何なの? カイトはここの封印に魔力を捧げさせられてほとんどないくせに、ハンターになって必死にやってるわ。本当ならSSSランクなんて余裕なくらい魔力があったのよ。あの子が悲しむのはもう充分だわ。私にとってはカイトより大事なものなんてない! 封印の守人なんてお役目はクソくらえよ!!」



 女は死にかけのくせに、やけに真っ直ぐな瞳をむけてくる。思い出した、この瞳はたしかに我を封印した女と同じ瞳をしている。



「ほら、早く食べなさいよ。私もうすぐ死んじゃうわよ?」


「お前……」


 そうだった、我を封印した女も死にかけのくせに、最後まで我と共にいると訳の分らぬことを言っておったな。待て……あの暗闇の中で、ずっと感じていた温もりは、もしや————


「ふむ、いいだろう。約束しよう。お前の息子は我が守ってやる。どのような方法でもよいな?」


「そう……ありがとう。方法ね……カイトは融合魔法が使えるの……」


「そうか、わかった」


「リュカオン、カイトを……お願い……この事は、ひみ……つに————」


 シャーロットと名乗った女はそこで倒れて息絶えた。なんとも真っ直ぐな人間であった。

 我の封印に関わった女たちに免じて約束は守ってやろう。


 秘密にしろと言うから適当に話を合わせてやったら、思いの外うまくことが進んだ。我としては想定外の現状に、どうしたものかと思ったがな。

 カイトにも同じ事を言われて、つくづく親子なのだと思ったのだ。


 シャーロットよ、お主の想像とは違うかもしれぬが、約束は守っておるぞ。安心して眠っておるがよい。



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