第37話 弱った不死鳥を保護しました
痛い……お願い、この首輪をとって! いうこと聞きますから! 大人しくしてますから! もう逃げ出しませんから!!
お願い……お願いだから置いていかないで!!
誰かたすけて————
「ごめんなさい! 許してください! 置いていかないで!!」
「うわ! 起きたのか……ていうか、聖獣って話せるのか?」
目が覚めたら温かい掛布に包まれて、フカフカのクッションの上に寝かされていた。
ここは……どこ? たしか私は洞窟で結界を張って……そのあとの記憶がない。あの白い熊みたいな魔獣からは逃げ切れたみたいだけど……。
「おい、大丈夫か? 一度起きたけど混乱してたみたいで、回復魔法かけたあとしばらく眠らせていたんだ」
え……もしかして、この人間は私に話しかけているの?
「あの、ここはどこですか……?」
「ここはアルファルド王国、アルキオーネって街にあるギルドの医務室だ」
「アルファルド!? そんな、隣国まで来ていたなんて……」
どうしよう、私もとの場所に戻れるのかな? ううん、戻る場所なんてあるのかな? これから、どうしたらいいんだろう?
「あのさ、飯でも食いながら何があったのか教えてくれないか? もしよかったら力になるよ」
「っ! 本当ですか!? どうしようかと困っているんです……話だけでも聞いてもらえたら嬉しいです」
「もちろん、いいよ。オレはカイトだ。よろしくな」
「はい! カイトさん、私はウラノスです。よろしくお願いします」
私は軽くなった体を起こして、黄色から赤へとグラデーションに彩られた翼を広げた。
***
「へぇぇ、聖獣って人の言葉も話すんだね!」
リナは不死鳥が話せるとわかると、興味津々で食いついてくる。そうか、リナは黒狼が好きというより、話せる動物が好きなのか。それならオレは黒狼に負けた訳ではないな。
「はい、どちらかというと思念伝達に近いのですが、そう間違っていません」
「それで、何があったんだ? あの結界も相当強力だったし、ホワイトキングベアーもあんだけ集まってたんだ。余程のことなんだろう?」
不死鳥が何を食べるのかわからなかったけど、基本は何でも食べるらしい。くちばしでも食べやすそうなものを用意すると、人間の食事はおいしいと満足そうにしていた。ひと通り食べ終わっていまはリナの膝の上だ。
ちょっと羨ましい。黒狼じゃ大きくて膝の上には乗れないんだ。
「……始まりは、不死鳥が住む
***
「ウラノス! お前まだ飛べないのかよ! ほんとダメな奴だよな!」
「不死鳥なのに飛べないなんて、ありえないわよ?」
「本当に不死鳥なの? ただの黄色い鳥なんじゃないの?」
「「「アハハハハハハ!!」」」
「…………」
私は不死鳥のくせに空を飛べなくて、いつも仲間にバカにされていた。みんなができることが、私にはできない。どんなに頑張って練習しても、飛べるのはほんの数メートルだけですぐに地面に落ちてしまう。
だから、友達だとか仲良くしてくれる不死鳥なんていなかった。話しかけてくるのは、さっきみたいに私をバカにしたい仲間だけだった。いや、もう仲間とすら認識されていなかったかもしれない。
そんなある日、いつも私をからかってくるツワイスが話しかけてきた。またからかわれるのだと警戒していたら、思いもよらない言葉をかけられた。
「なぁなぁ、ちょっとさ、外の世界に行かないか?」
「え!? 私は行けないよ……飛べないもん。それにフェニン様に行ったらダメだっていわれてるし……」
「そんなの黙ってればバレないよ。俺がつれて行ってやるからさ、行こうぜ!」
私は嬉しかった。本当に嬉しかった。不死鳥の長であるフェニン様にはダメだといわれていたけど、仲間からの初めての誘いが嬉しすぎて言い付けを破ってしまった。
「それなら、私も行きたい!」
初めてみる外の世界は、色彩にあふれてとてもキレイだった。炎極の谷は岩ばかりだったから、とても新鮮ですべてのものに心がときめいた。
でも、さすがに仲間と離れるのは怖くて、ずっと寄り添っていた。
「おい、ウラノス少し離れろよ。近すぎるよ」
「あ、ごめんね。初めてだから怖くて……」
「大丈夫だよ。この辺は人間も来ないしさ」
「うん……でも、やっぱり怖いよ」
「あー、もうウザいんだよ! いいから離れろ!」
ツワイスは急に機嫌が悪くなって怒りだした。私はビックリして、謝ることしかできない。
「ご、ごめんなさい!」
「はー、面倒くせぇ奴……もうこの辺でいいか」
私が離れた途端にツワイスは空へ羽ばたいていく。
「え……ツワイス! 待って! ねえ、私帰れないよ!!」
「あはは、お前バカだなぁ! 俺が本気で誘うと思ってんの? しばらくそこでベソでもかいてろよ!」
「そんな! 待って! ねえ、ツワイス!! 待ってー!!」
「気がむいたら、あとで迎えに来てやるよ!」
そうしてツワイスは飛び去ってしまった。
私は途方に暮れた。空も飛べなければ、不死鳥が得意な聖魔法も炎魔法も使えないのだ。もし魔獣や人間につかまったら、どうなるかわからない。
怖かったけど、どうにかしたくて山の中をさまよっていた。そこで出会ったのは、5人の人間の男たちだった。全員蛇のマークがついたバンダナをつけている。なんだか怖い雰囲気だったから逃げようと思ったけど、すぐに捕まってしまった。
「何でこんなところに聖獣がいるんだ?」
「さあな、でもコイツ使えば魔獣をおびき寄せられるぜ」
「それいいな! コイツを餌にして魔獣を狩りまくれば楽勝じゃん!」
「じゃぁ、逃げ出さないように首輪つけるか」
「飛んで行かれたら困るからな。逃げようとしたら雷魔法が流れるヤツにしようぜ」
「よし、これでいいな。ほら、魔獣の餌になって来い!」
餌……? 私は魔獣の餌にされるの!?
それからは魔獣に食べられないように、必死に逃げた。男たちは魔獣を狩って生活する、ハンターと呼ばれる者たちだった。何度も餌にされて、その度に逃げまどう。地獄のような日々だった。
でも10日前のことだ。いつものように餌として、魔獣に追いかけられていた。でも今回は白い大きな熊みたいな魔獣が、いきなり6匹も出てきた。ハンターたちは、顔を青くしてあわてて逃げていった。
いつものように魔獣を狩ってくれない。これは、逃げ切らないと食べられてしまう!
私は山の中を走り抜けた。いま自分がどこにいるのかなんて、わからない。ただ食べられないように、逃げていた。途中で何度も首輪から雷魔法が放たれたけど、歯を食いしばって走ったんだ。
だって、何にもできない役立たずかもしれないけど、あのキラキラした色彩あふれる世界を、もう一度見たかった。
そうして見つけたのが、あの洞窟だった。熊の魔獣がどうなったのか、ハンターたちがどうなったのかはわからない。
洞窟の入り口に、ありったけの魔力を込めて結界を張って眠ったのが最後の記憶だった。
***
「すみません、長々と話してしまって」
シンとしてるので、私の話し方が悪かったのかと謝った。すると私を抱いているリナという女の子が、ギュッと強く抱きしめてくれた。
「ウラノスは、これからどうしたい?」
最初に部屋にいた黒髪の男、カイトが優しく尋ねてくる。
私はどうしたいんだろう? 元の場所に戻りたい? あの岩だらけの炎極の谷へ戻って、また笑われながら生きていくの? それは、イヤだ。
じゃぁ、あのハンターの元にもどる? いや、あんな地獄はもう二度と味わいたくない。
それともひとりで生きていく? 私が? ううん、空も飛べない、魔法もろくに使えない私は、すぐに魔獣に喰われてしまうだろう。
それなら、この人間はどうだろう? あのハンターたちとは全然違って、とても優しい感じがする。
暖かい寝床と食事も用意してくれた。怪我をしたはずの左足も、全然痛くないから治してくれたんだろう。
この人間なら、信じてもいいのかもしれない。何より、もうこの人間しか頼れるところなんてない。
「もし、できるならカイトさんのところに、置いてもらえませんか?」
私は、この人に賭けてみる————
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