第36話 ミリオンパーティーの結末は
「こら! お前らまたへばってんのか!? 本当にハンターだったのかよ!! 早くこの鉱石運び出せよ!!」
「うっ……うぅ」
「待って……くれ、まだ……」
「チッ……」
ミリオンたちは重犯罪者が送られる流刑地の中でも、特に厳しいとされる魔聖石の採掘場に送られていた。魔聖石は魔力に敏感なので、魔法の使用はいっさい禁止されている。唯一許されるのは、坑道が崩れた際や山崩れがおきた時の人命救助の時のみだ。
すべてを手作業で地盤が緩い山を補強しながら掘り進め、いつ崩れるかわからない恐怖と狭い坑道の中での休みない作業に心身共に疲弊していた。
もう死んだほうが楽だと思うほどの過酷な環境だ。ミリオンたちは初日で音をあげたが、許されるはずもなく強制労働をさせられている。
ティーンだけは女性ということもあって、坑道の中で作業はしないが、魔聖石の洗浄や仕分けといった炎天下や強風にさらされながらの重労働に配置されている。
「さっさと動け! ウスノロ共が!! 雷魔法食らわせるぞ!!」
「「「ひっっ!」」」
坑道の管理者によって容赦なく働かされ、休もうとするなら外まで連れ出されて雷魔法で罰を受ける。そんな毎日だった。
(何で……なんで、俺がこんな目にあうんだ!? カイト……カイトさえいなければ、アイツに出会ってさえいなければ……)
極限の環境の中、ミリオンを支えていたのはカイトに対する深い恨みだった。一度は全てを理解したはずなのに、ミリオンの中では現実逃避からすべての責任をカイトに押し付けていた。やがてそれは、明確な殺意へと変化していく。
(殺す、殺す、カイトを殺す……殺してやる!!)
『へぇ、君のそのドス黒い憎悪、とてもいいね』
一日の仕事が終わり、やっとの思いで収容所に戻ってきたミリオンに声をかけるものがいた。
「誰だ……?」
ここは収容所でも、重犯罪者向けの独房だ。トレットやサウザン、ティーンも部屋は違えど独房に収監されている。
そんな警備体制も厳しいところに、誰がいるというんだ?
『僕はレグルス。魔聖石の調達に来たら、君の憎悪を感知してね。役に立つんじゃないかと思って声をかけたんだ』
ミリオンの独房の奥には白金色の艶やかな髪に、琥珀色の瞳をした美形の青年が、壁にもたれて立っていた。
「レグルス……? 聞いたことがないな。どう俺の役に立つんだ?」
『そうだな、僕が君の憎い相手を殺してあげよう』
「何……? カイトを? カイトを殺してくれるのか!?」
ミリオンは思いがけない提案に飛びついた。ここに収監されている限りは、ミリオンには恨みを募らせるだけで何も出来ることはなかったのだ。相手が誰であろうと、望みが叶うならそれで構わなかった。
ずいぶん前から正気は失っていて、今のミリオンを生かしているのは憎しみの感情だけだった。
『いいけど、条件がある』
「何だ!? 言ってみろ!」
『君の仲間の命を僕に差し出して』
「はっ! そんなことか!? 好きなだけ持っていけ!」
ミリオンは一瞬も悩まず、他の3人の命を差し出す。
『よし、それじゃぁ、僕についてきて』
その日、ミリオンパーティーは送られた流刑地から、忽然と姿を消した。
***
「ちょっとミリオン! どこまで行くの?」
「そうだよ、あそこから抜け出せたのはありがたいけど、こっちは何もないぞ?」
「ガハハ! 道にでも迷ったのか?」
ふん、うるさい奴らだ。カイトを追い詰める時も、何の役にも立たなかったのに文句だけは一人前なんだ。
レグルスの指示では、たしかこの辺まで連れてくればいいと言われたんだが……。
ミリオンたちはレグルスによって、あの地獄のような魔聖石の採掘場から抜け出していた。自分の影に沈んだと思ったら、すでに外に出ていてどこかの山の中にいたのだ。きっとレグルスの魔法なのだろうと理解する。ミリオンはレグルスに言われたとおり、パーティーメンバーを山頂にむかって登らせていた。
『やぁ、待っていたよ』
気づけば目の前に、レグルスが立っていた。人間とは思えない美しさに、パーティーメンバーたちは息を呑む。微笑みを浮かべているのに、ひどく冷酷に見えた。そう、ミリオンたちを見つめる琥珀の瞳は、少しも笑っていなかった。
「レグルス! 約束通り連れてきたぞ! これで俺の望みも叶うんだな!?」
「え……約束って何よ?」
「ミリオンまた変なこと考えてんのか?」
「チッ……今度は何なんだよ!?」
ミリオンはもはやパーティーメンバーなど眼中になかった。今や頭の中を占めるのは、カイトに対する八つ当たりの憎しみだけだ。トレットもサウザンも自分のことで精一杯でミリオンの変化には気がつかなかった。恋人だったティーンですら、違和感を感じる程度だ。
『では、約束通りにカイトは僕が殺してあげるよ。あぁ、君たちの魔力封じの腕輪も取ってあげないとね。楽しみが減っちゃうから』
そう言うと、レグルスは右手をミリオンたちにかざした。たったそれだけで、どうやっても外せなかった腕輪がゴトンと音を立てて地面に落ちる。
「やった!! 外れた!!」
「これで私たち自由よ! ミリオンありがとう!」
「ガハハ、よし、すぐ山を降りて他の国に逃げようぜ!!」
『ふふ、そうだねぇ……逃げられたら自由にしてもいいよ』
そう言ったレグルスの後ろには、2匹の魔獣がひかえていた。一匹は鷲のような頭にライオンのような体をしている。もう一匹は頭がふたつある狼型の魔獣だ。
どちらも見たことも聞いたこともない魔獣だった。
「な、なに……?」
「なんだ、この化け物!?」
「チッ、こんなの見た事ねぇぞ!!」
「ほら、逃げなよ。少しハンデをあげるから。そうだな……2時間後にこの子達を放つから、それまでに必死に逃げることだね」
ミリオンは光の灯らない目で、これでカイトが殺せるとそれだけを考えていた。元パーティーメンバーたちのことなど、微塵も気にしていない。
そんなミリオンを置いて、ティーンたちは一目散に山を駆け降りた。ミリオンの様子がおかしいことなど、もうどうでもよかった。
ずっと採石場で酷使してきた体は、すでに悲鳴をあげている。それでも、あの見たこともない化け物から逃れるためには、全速力で駆け降りるしかなかった。
逃げ切れれば、自由になれる————その希望だけを胸に山の中を走ってゆく。
『さて、そろそろ……かな。シグマ、オメガ行け』
その掛け声で、2匹の魔獣は山を降りている3人を追いかけた。おそらく、ものの5分ほどで追いつくだろう。
「それで、俺の望みはいつ叶うんだ!?」
「落ち着きなよ。君には特等席で見せてあげるから」
そう言うとレグルスは紅蓮の炎に包まれる。次の瞬間には、白金色の体毛に琥珀色の瞳をした9つの尾を持つ、魔獣の姿に変身していた。
「えっ……魔獣……?」
それが、ミリオンの最後の言葉だった。現魔獣王レグルスに取り込まれ、あっという間にその姿を消した。
「ふーん、なんだ……リュカオンが融合してたから試してみたけど……たいしたことないね。まあ、この人間の自我はいらないから破壊して、外側だけ使おうかな。意外と僕の役に立つかもしれないしね……」
誰もいなくなった山腹でレグルスはニヤリと笑う。
風に乗って、先ほど逃げ出した人間共の断末魔の叫び声が届く。逃げていた人間がひとり残らず、シグマとオメガに喰い尽されたようだ。
「何だ……一瞬だったな。もう少し遊べるかと思ったのに、残念」
レグルスは満天の星が輝く夜空を見上げた。この星空のような漆黒の毛並みに、あの月のような金色の瞳の魔獣を思い出す。
「ああ……早く会いたいよ、リュカオン。今度こそ、僕の手で殺してあげる」
レグルスの呟きは、夜の山に飲み込まれた。
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