第16話 リュカオンと融合してるのがバレました

 その日オレはリナが寝たのを確認してから、自分の部屋でリュカオンに相談に乗ってもらっていた。

 ルームメイトとして生活を始めてから、一週間ほどが経ちオレもリナも慣れてきた頃だった。


 だから、油断してたんだと思う。

 リナのマジックイーターの能力がオレ以外でも問題ないように訓練できないか、リュカオンに話を聞いていたんだ。



「そっかぁ、マジックイーターてそんなにレアな体質なんだな」


『うむ、我ら魔獣にとっても厄介な相手ではあるな。リナの場合は自身の魔力も多くて、扱いが難しいのであろう』


「うーん、常に魔力が流れ込んでくるなら、魔力の制御を上げたらいいのかな?」


『まぁ、有効な訓練法だと思うがな』


「訓練場は他のハンターがいるから、使えないしなぁ。どこかいい場所ないかな」


『…………』


「リュカオン?」




「カイト……?」


「え、リナ!?」


 風が通り抜けるようにドアを少し開けていた。その隙間から、リナが不安そうに声をかけてくる。


 しまった! いまの聞かれた!?


 ドアを開けてオレ以外いないことをリナにも見せつける。これで、誤魔化せないだろうか?


「カイト、いま誰かと話してたよね?」


「気のせいじゃない? オレ以外に誰もいないし」


「……隠し事はしないで。嘘つかないで。私はカイトのパーティーメンバーだよ!? オレを裏切るなって言ったよね? それなら、カイトも私を裏切らないで!」


 うっ! それをいわれると何も返せない……!!

 たしかにオレだけ隠し事してるのは、フェアじゃない。


「はぁ、わかった。ちゃんと話すから……リビングでいいかな?」


「うん、どこでもいいよ。……お茶淹れるね」


 リナはふんわり微笑むとキッチンへむかった。オレはまた拒絶されるんじゃないかって、不安に負けないように強く手を握った。




     ***




 目の前にはリナが淹れてくれた、暖かい紅茶が湯気を立てている。湯気がユラユラとのぼるのを見つめながら、覚悟を決めて口を開く。




「実はオレ、魔獣と融合してるんだ」




 まずは事実から。その反応で、このあと話すことは考えよう。拒絶されたら、またひとりに戻ればいい。しばらくはツライだろうけど、なんとかなる。オレにはリュカオンがいるんだし————


「ああ、だから戦ってる時は目が金色だったんだ!」


 リナは驚くでもなく、気持ち悪がるでもなく、明日の朝はパン食べようくらいのノリで返してきた。

 逆にオレの方が、その反応に驚いている。目が金色になっているという事実にも驚いたけど。


「え……気持ち、悪くないのか?」


「? なんで?」


「だって、魔獣と融合してるんだぞ? オレの中に魔獣がいるんだぞ?」


「でも、カイトはカイトじゃない。私のマジックイーターと変わらないよ?」



 そう……なのか? そんな風に、オレを受け止めてくれるのか? そんな人が、この世界にいたのか?

 リナだから、わかってくれるのか…………?



「そんなの、さっさと話してくれればよかったのに」


 ちょっと拗ねたように口を尖らせている。


「なんだよ、タコみたいな口になってるぞ。ははは」


「うわ、失礼ねー、こんな美人に!」


「自分で言っちゃダメだろ」


 そんな事ない。リナはたしかに美人だ。だけど、こんなにあっさり受け入れてくれたのが、すごく嬉しくて、照れ臭くて、素直になれない。


「でも、気づかなかったよ。目の色が変わってたなんて」


「うん、なんかね。雷魔法使う時とか金色に光ってて、何かあるのかなって思ってたの」


 いままでは最後方でこっそり支援してたし、戦闘中に鏡は見ないから、気がつかなかったなぁ。


「それで、融合したのはどんな魔獣なの?」


「……先に言っとく。嘘じゃないからな。伝説の魔獣王リュカオンだ」


「伝説って……あの伝説の魔獣王!? 本当にいたの!?」


『失礼な小娘だな。たしかに我はいるぞ』


「うわっ! なんか声が聞こえた!!」


「え!? リュカオンって他の人とも話せんのか!?」


『我がその気になれば、他の人間でも声は届くのだ。いままでは、そういう相手がいなかっただけだ』


 おおー、5年たって新たな発見だ! それならリナの魔力制御の訓練もリュカオンに頼んだら、いいかもしれないな。オレはその間、別の訓練できるし。


「うわー、なんかすごいな。リュカオンと話す日が来るなんて思わなかった……」


「オレもだよ。まぁ、偉そうなこというけど、いいヤツだからよろしくな」


『カイト、ずいぶん生意気な口をきくようになったな……』


「あはは! ふたりはいいパートナーだね! どうやって出会ったの?」



 リナの何気ない質問に、ドクリと心臓がうねる。

 出会いは5年前のスタンピードだ。この黒くてドロドロした気持ちを話しても、大丈夫だろうか? 


 リナの青い瞳は出会った時と同じように澄んでいる。リュカオンと融合していると聞いても、何も変わっていなかった。

 オレはゆっくりと話をはじめた。




「出会いは5年前のスタンピードだ。その時にこの街は壊滅的な被害を受けたんだ」


「あのスタンピードね……話には聞いたことあるよ」


「その時、オレ死にそうになってさ。最後に母さんに会いに行ったら、母さんは魔獣に殺されたあとだった」



 あの時の教会がフラッシュバックする。うつ伏せに倒れていた、母さんの背中は真っ赤だった。その下には、すでに息絶えた赤ん坊がいた。きっと助けようとしたんだと思う。



「母さんを抱きしめながら、ただ魔獣が憎いと、アイツらを一匹残らず焼き尽くしたいと、強く思ったんだ」


 いつのまにか強く握っていた拳に、リナがそっと手を乗せてくれた。大丈夫だよ、と寄り添うみたいに。


「そうしたら目の前にリュカオンがいてさ。オレをやるから、魔獣たちを殺してくれって頼んだんだ。でも魔力の塊でできないって言われて、それでオレと融合したんだよ」


『その際にこの大バカモノは、我をサブとして取り込んだのだ。まったく忌々しい』


「はは、ごめんて何度も謝ったろう?」


『……思い出したら不愉快になった。我にはしばらく構うな』


「あーあ、拗ねちゃったな————」



 急にフワリと爽やかな甘い香りに包まれた。

 リナが優しくハグしてくれてる。



「辛かったね」



 たった一言だ。それだけいって、静かに泣いていた。

 オレのために泣いてくれていた。



「うん」


                       

 オレは込み上げてくるものを我慢できなかった。

 自分の中で渦巻くドス黒いものが、涙と一緒に少しだけ溶けた気がした。

                         

                         

                      

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