第6話 炎剣の聖者は鬼でした

「魔獣王リュカオンと……融合した……?」


「はい、黙ってて……スミマセン」


「ということは、いま君の中に魔獣王がいるんだな?」


 そう言うとギルド長の鋭利な殺気が、オレにむけられる。ヤバいヤバいヤバい、負ける気はしないけどギルド長とは戦いたくない! 討伐依頼が受けられなくなる!


「待ってください! ちょっとだけでいいので、オレの話も聞いてください!」


「……むう、そうだな。一方的な断罪は良くないな。よし、話を聞こう」


 だから、その殺気しまってくださいってば!!

 居心地悪いけど仕方ない、リュカオンと融合した時の話をした。あの時の悔しさや憎しみが蘇ってくる。

 8年経った今でも、その色は鮮明なまま失われていない。





「そうか……あの魔物の大暴走スタンピードの時に……私の力不足で辛い思いをさせて、申し訳ない」


 そう言ってギルド長はオレに頭を下げた。あの時はこの人が先頭切って前線に立っていたのを知っている。


「いやいや! ギルド長は何も悪くないですよ! 魔物の大暴走スタンピードの進行方向なんて、誰も変えられないし。オレみたいなヤツは、たくさんいましたから」


 たしかギルド長も、あの時に奥さんを亡くしたはずだ。娘さんを助けるために、犠牲になったと聞いている。それくらいあの時の傷跡は深かった。

 だから憎むべきは襲いかかってきた魔獣たちなんだ。


「そう言ってくれくれて、ありがとう。君は……強いな」


「まぁ、ほぼリュカオンのおかげですけどね」


 ギルド長はふわりと微笑んで、ようやく穏やかな空気が戻ってきた。

 はぁぁぁ……地下10階のダンジョンに潜るより疲れたわ。



「そうか……それなら君がリュカオンの力を完全に掌握していると、確認させてほしい。そのために依頼を一件こなしてくれるか?」


「それは構わないですけど……その、報酬とかはもらえるんですか?」


「ああ、もちろんだよ。ミリオンたちの話も聞いている。そこで前金として3割渡そう。残りは成功して戻ってきたら払うよ」


 何だその破格の条件は!? 前金ってことは、失敗してももらえるのか!? でも返せと言われたら困るから、念のため確認しておこう。


「あの、もし失敗したら前金は返さないといけないんですよね?」


「いや、返す必要はないよ」


 おお! なんて素敵な好条件なんだ! さすが聖者と呼ばれてただけある!!



「失敗した時は君ごとリュカオンをほおむるだけだから」

(ま、君なら失敗しないと思うけどね)



「ほお!? オレも!?」


「だって考えてごらんよ。持ち主が操れない魔獣王の力なんて、危険以外の何者でもないだろう?」


 ギルド長はものすごく優しげな顔で、恐ろしいことをサラリと言い放つ。


 たしかに……というか今までも普通に使ってたから大丈夫か? なぁ、リュカオン? と、心の中で話しかけてみる。


『ふん、どれ程一緒にやってきたと思っておる』


 あぁ、そうだよな。もう5年も一緒に戦ってきたんだよな。オレも力加減とかだいぶ上手くなったし問題ないな。


「わかりました、準備してすぐ行きます」


「成功の報告を楽しみにしているよ」


 その穏やかな微笑みが今では恐ろしく見えるのは、きっとオレだけじゃないはずだ。




 帰りに受付でマリーさんから前金の3割と依頼内容の詳細を受け取った。前金はハンターカードに入金される。

 ……3割で240万ギルだった。一般家庭の年収分だ。

 見間違いじゃないかと、桁を数え直したけど、やっぱり240万ギルだった。


 慌てて依頼内容を見てみると、討伐魔獣のランクはSだった。いや、たしかにランクとか確認しなかったけどさ。たしかに実力の確認みたいなこと言ってたけどさ。

 いきなりひとりでSランクの魔獣討伐とか、ギルド長は鬼ですか!?



「仕方ない、回復薬は多めに用意しよう……あと、携帯の食料とかも……」


 とりあえずオレは討伐の準備を整えるべく、買い出しにむかった。




     ***




「ギルド長、カイトさんは大丈夫でしょうか?」


 検査担当の職員ハンナが心配そうに尋ねてくる。


「あぁ、あの依頼書のこと? 彼の実力なら平気だし心配ないよ。僕も大切なハンターに無理をさせるつもりはないからね」


「そうですか……よかった」


 ほっと肩から力を抜いて、笑顔を浮かべている。そういえばハンナはカイトが命の恩人だと言っていたな。きっと誰よりも今日の結果に納得して喜んでいるのだろう。


 以前ハンナに聞いた話とすり合わせると、その時はまだリュカオンとの融合前のはずだ。

 つまりカイトは魔獣王の力がなくとも、誰かを救うことができる英雄だ。


 ミリオンパーティーの詳細な報告を聞けば、フォローしているのは明白だった。

 彼らの実力には見合わない依頼をこなせていたのだから。


 それを本人たちに悟られることなく5年も続けた。つまりパーティーランクをSランクまで引き上げたのはカイトだ。今日の話を聞いて確信できた。



 自分を抑える我慢強さと、周囲にはり巡らす危険察知能力、そしてメンバーたちの動きを常に把握して、的確なフォローをする空間把握能力とマルチタスク能力。



 これは紛れもない、カイト自身の強さだ。

 最初からできていなかったとしても、仲間のために努力して身につけた能力だ。



 基礎能力が高くても、仲間のフォローをできないヤツはそこら中にいる。それこそ、SSSランクハンターの僕でさえ、ここまでできるかわからない。


「ほぼリュカオンのおかげなんて……自分の強みをわかってないんだな」


「カイトさんですか?」


「あぁ、もったいないと思ってね。次のハンターカードを渡す時にでも教えるつもりだよ」


「是非そうしてください!! カイトさんには、これからもっともっと、幸せになってもらいたいんです!!」


 ハンナは握り拳を作りながら熱く語っている。


「ハハハ、任せてくれ。ただ……彼のためにもリュカオンの件はここだけの話にしてくれ。これは命令だ」


「承知しました!」


「それじゃぁ、次のカイトのハンターカードは黒で用意してくれるかな?」


「……っ! は、はいっ! すぐ用意して参ります!!」


 そうして、鼻息が荒いまま、ハンナはカイトの新しいハンターカードの準備にむかった。





 ひとりになった執務室で、僕は5年前の魔物の大暴走スタンピードを思い出していた。


 あの時、一斉に魔獣たちが引き上げる前に聞いた狼の鳴き声。あれこそがカイトであり、魔獣王リュカオンだった。狼の声を聞いた魔獣の動きが止まり、即死レベルの一撃を逃れることができたのだ。


 高ランクのハンターならわかる。あの狼の声は、ただの魔獣の声ではなかった。


 そして伝説の魔獣王リュカオンの封印が解かれてしまった痕跡もあった。あれから魔獣王の行方をずっと追っていたのだ。



「こんな所にいたとはね……盲点だった」



 だからカイトの気配がまるで別のものになっていたのだと、今更だけど納得する。


 ギルド本部や国王への報告は彼が戻ってきてからにしよう。それまでにどのように報告するか、決めなければ。

 カイトが危険視されないように調整しなければならない。

                   

 僕もまたあの魔物の大暴走スタンピードで、カイトに命を救われたひとりなのだから。僕は命の恩人に、出来るかぎりの恩を返すと決意した————

                        

                      

         

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