カワイソウ

原ぺこん

ミユキ


煌びやかに並ぶ建物、所々に人工的に植えられる植物。大きすぎるこの街に住む小さな男。

赤と茶色のレンガを交互に挟む無駄に洒落た地面にため息をこぼしながら生きる男の話をしようと思う。


彼の名はミユキと言った。

彼の思考はいつでも負の方向に導かれ、朝目が覚めると自分を嫌うところからはじまる。

なぜ女のような名前なのか。なぜ自分はこんなに自分が嫌いなのか。嗚呼今日は空気がこんなにも冷たい。花は萎れてしまわないだろうか。大きい街に小さな花屋を構えるミユキ。朝から負の思考が止まることはない。

朝食べる食べ物たちは自分なんかに食べられたくなかっただろう。妻も自分なんかに作りたくなかっただろう。嗚呼今、返事がそっけなかった気がする。

家を出てからもため息を一つ。重たい足取りで歩き出す。

皆厚い上着を着ているのに自分は秋物のジャケットを着てきてしまった。すれ違い様にお見合いになった女性に舌打ちをされた。嗚呼、道に鼠が死んでいる。代わってあげたかった。

嘆き、悲しみ、必要以上に他人の不幸まで首を突っ込むこの男は生まれてから30年、ずっとこの調子なのである。

皆当然のようにミユキから離れていく。

それでも離れずいてくれる妻を彼は愛していた。

彼女もまた繊細で傷つきやすく、彼の気持ちにも人一倍気付き寄り添うことができたからだ。

落ち込む彼の思考に理解ができる。寄り添うことができる。彼の近くには私しかいないのだと、思っていた。心から。ずっと。信じていた。

何度も渡した愛に彼から返ってくるコタエは‘どうせ君も裏切るのだろう’

心というのはなぜこんなにも壊れやすいのだろうか。


彼は寄り添ってくれる彼女の真が壊れたことに気づかなかった。


ミユキは妻を強くさせてしまった。生まれてこの方弱く繊細で心優しかった女性を変えてしまった。

妻は全てを諦めた。

しかし離れることはできない。

根を深く張った繊細な心と今までこの心のせいで傷ついた記憶は、表面を取っ払った程度では消えないのだ。

ミユキは本当に重い罪を犯してしまった。

彼を一度でも愛してしまった妻はその名の使命を甘受することに決めた。

彼から逃げることもできただろうに。


植物が枯れれば自分のことのように悲しむことができるのにその気持ちを人に向けることができない。向いていないことに気づかない。自分もまた大切な人を傷つけていることに気づかない。

彼を、万物の不幸を嘆き慈しむ仏のような男だと思ったら大間違いなのだ。


ため息にまみれ、自分が一番繊細で人の気持ちに敏感だと疑わず、物思いに耽る己に酔いすぎてしまった。

彼が父親になるなど許されることではなかったのかもしれない。

私はミユキをこんなふうに育ててしまったことを後悔した。

きっとこの子は優しい子になると信じ、傷つきやすいあの子を恐れ、正しい人との接し方を教えることを怠った。

己を愛し、幸せでいることが、周りのものを幸せにするという意を込めて「己幸」と名づけたのに。

あの子は、自分の子が生まれた瞬間言った。


「嗚呼俺の子に生まれてしまって可哀想に。」


私の愛すべき孫は生まれた瞬間に父親によって「可哀想な子」となってしまった。

本当に、可哀想な子。

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カワイソウ 原ぺこん @harapeco8pekon

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