-2- 恩返し
<渡り鳥>は長い時間をかけて届け先まで荷物を届ける。それが嵐の日であろうとも病気をしても夜でも関係なく時間までに届けなくてはいけない。たとえ、受取先が変更されようとも…理不尽なほど虐げられたとしても。
<渡り鳥>は世間からあまり感心されているどころか良い印象(イメージ)を持たれていない。
なぜなら、中身が何であろうとも私情を気にせず届けなくてはいけないからだ。たとえ麻薬でも人の子であっても取引禁止なものであっても。<渡り鳥>は中身を選ぶことができない。たとえそれが仲間の命であったとしても。
そうだ。私が<渡り鳥>になるきっかけを与えた大切な人がいる。その人はもういないのだけども、その人のおかげでこうして<渡り鳥>としてやっていけている。その人のことを毎日感謝している。
このお話は、まだ彼女が生きていた話しだ。
サブタイトル―恩返し―
配達の時間がかかり受取人が怒っていた。配達先を急に変更すれば遅れるのは当然だと吐露する。相手は知らんと言い切り、愚痴を披露する。そんな毎日がうんざりだったが、ついでだと思えば大したことも無いとも思えた。
少し離れた先で病気に苦しむ一人の老婆がいた。彼女の名はテルー。現役だったころ<渡り鳥隊>の隊長を40年間務めてきた凄腕の勇者だった。人々に災害を与える怪物を何百体も倒し、交易がなかった島々を港を造り、繁栄に協力したりと彼女の伝説は書物だけでは収まり切れない。
「減益だったころは、毎日飛び回っていたわ」
彼女のお話はまるで絵本やドキュメンタリーを見るよりも迫力があり、話しを聞いているだけで一日がすぐ終わってしまうほど話し上手だった。
「ああ、空が恋し。もう一度翼を広げて自由に飛び回りたいわ」
彼女が地面に足を就いたのは四年前だ。共に歩んできた副隊長の旦那を病死し、同じ隊員だった仲間たちも次から次へと引退していき、最後に残された彼女は最後まで隊長だったが、病気を苦に引退した。
「空を飛ぶ船の話はしたかしら。お菓子でできた怪物をみんなで食べ終わるまで勝負した話しは。そうそう、氷漬けされた人々を救うべく、大量の水を運んできた話とか」
どれも興味深い話ばかりだ。
話しを聞いているだけで一日が終わってしまう。もっと日が長かったら彼女の話を最後まで聞けたのかもしれない。
小言しか言わない文句を垂れた人たちを掻い潜り、彼女の家に上がるのが日課だった。この島では唯一彼女の存在が癒しだった。
「今日もありがとうね」
「いえ、これが仕事ですから」
彼女は『魔花(まか)』が必要な体でこれを摂取しなければ彼女の心は闇に閉ざされてしまう。彼女に送るため積極的にこの仕事を引き受けていた。いわば常連だ。
『魔花』は精神力を安定させるほか魔法のエネルギーとなる魔力を回復させる薬の原料として知られている。近隣の島国では生産栽培されておらず南の島でしか作られていないため、遠すぎるという理由で他の渡り鳥が「やりたい」と志願する人がいないほどだ。
事故で魔力が減り続ける難病にかかり、長い時間をかけて彼女の記憶は少しずつ赤子だった時代に戻っていく。日に日に痩せていく彼女の姿を見るのはとても苦しく思えた。難病を食い止める唯一の方法は『魔花』を毎日与える事。それが液体でも錠剤でもなく原料そのものを与える事。それしか食い止める方法がないと医者に匙を投げられた時は絶望したほどだ。
誰よりも立候補して毎回彼女に届ける理由(わけ)がある。<渡り鳥>になる前、まだ彼女が現役だったころ、一度だけ人生を諦め、死のうとしていたとき彼女に助けられたことがあった。
「あなたはなぜ泣いているの?」
突然現れた彼女に涙目で見ていたころが懐かしく思う。
「あなたが見つめるのはその先じゃない。後ろにあるものよ」
彼女は鞘から刀を抜き、背後で蠢く怪物に向かって走り出した。その戦う姿はまるで烏合の衆。他の隊員たちも動きはバラバラだが所々息が会い、お互いかばい合い殺していく姿はとてもかっこいいものだった。
「私も、あの人達みたいになりたい…」
彼女の隊に入って一緒に戦いたいと思い、必死で勉強し試験を受けた。合格したが、彼女はすでに隊を止めており、私は隊を抜け、一人でいることを選んだ。彼女と同じ道を歩むために――。
ある日の雨、容態が急変したとメッセージが送られたのは数日前だった。運悪くこの日は南の島の任務に就いていた。怪物が畑を荒らし、なおかつ増殖するという恐ろしい能力を持っていた。
苦戦を強いる中、増援が駆け付ける。何とか倒したもののそのメッセージを受け取った時には数日が経っていた。
「テルー! 死なないでくれ!!」
大急ぎで彼女が入院している病院に向かって飛行した。
病室に入った時には、すでに亡くなった後だった。
「うそ……だ……ろ……?」
膝をつき、絶望した。周りには医者以外おらず、彼女の家族や親せきはとうの昔に亡くなっていたことを告げられ酷く悲しく寂しかった。
彼女のお葬式には当時の活躍中だった隊員を除いて集まったのは十人程度だった。彼女の活躍は全国に広がっていたが<渡り鳥>の中では彼女の活躍は<おとぎ話>として俄(にわ)かに信じられていなかった。
結局、彼女に最後まであの時、助けてもらったことへのお礼を言う前に彼女はこの世界から去ってしまった。
彼女の家は<渡り鳥>が管理することとなり、彼女の家の中のものを整頓中、一通の手紙が残されていた。その手紙の主はレイラ本人宛だった。
別の<渡り鳥>に届けれたのは彼女の葬式から半年が経過していた。あて先であるレイラ本人は<渡り鳥>で行き先がいろんな島々へ渡っていたため、届くまでかなり時間がかかってしまったという。時にはすれ違いもあったらしい。
「これで仕事終了です。やれやれ、給料とは似つかない仕事は大変でしたわ」
「すいません」
「別にあんたが謝ることはないさ。同じ<渡り鳥>なんだし。行先も仕事中でならいろんな場所に行くだろうからな」
「一通の仕事のために半年もかかっているし…」
「気にするなよ。いろんな島々を渡ってマップに書き写すことができたからよかったわ。一度行ってみたい島もできたし、本部から給料を受け取り次第、お暇を頂くつもりだったから」
「そうか」
「よかったら、一緒にどうかな?」
「ごめん、まだ配達途中だから」
「そうだったね。それじゃ」
そう言って羽ばたいていった黒髪の少年は気さくでとても優しそうに見えた。少年はまだ<渡り鳥>になって一年目だという。そんな若い子にベテランの追跡を頼まれるとは思いもしなかっただろうなと思った。
手紙を開けると、涙ぐんだ。
『君があの時の少女だと気づいたのは、『魔花』を届けられた二回目の時だった。思い出していながらも君に伝えたいことが山ほどあった。けど、君にちゃんとした贈り物を届けることはできなかった。
つまらない人ですまなかった。これを君に譲ろうと思う。現役だったころの武器だ。今では壁に飾ることしかできず、この子も随分とお暇をもらっていて寂しがっていただろうからね』
手紙の裏にはスペードの印が刻まれていた。テルーが率いるチーム名<聖紫花(せいしか)の狩人>の模様だ。スペードをベースに彼女とその仲間たちの顔が烙印されていた。
手のひらをスペードの上から抑えると刀が出現した。
現役の彼女が愛用していた武器<紫花(しか)>。刃が紫色をしている。長らく使われていなかったためか、彼女の手入れが行き届いていたおかげが新品そのものだった。
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