第7話 ここ掘れクーシー

 眠っていた間、俺は何かに引っ張られていた。ずるずると地面に引きずられながら、相当長い距離を移動されている感じがあった。


 無意識の中で聞こえて来るのは、聞いたことの無い女の子の声。

 

「わふぅ、もうすぐ……もうすぐ。ボクがこの子を鍛えるぅ」


 勇者の鎧はすでに脱がされ、薄い布だけを着させられた状態だ。その状態で首根っこを掴まれながらどこかに移動しているようだった。


 グリフォンの巣にいる状態が続いている中、何とかシーシーやラヴと打ち解けて来た。それなのに、二人とは違う子に引っ張られているのは一体どういうことなのか。


「ハッハッハッ、ようやく着いたー。わぅ、リオさん目覚めてー!」


 結構な息切れを起こしているようだ。グリフォンの巣のかなり奥まで連れて来られたのだろうか。


 眠ってる間に体の細胞が変わったのか、ラヴから受けた火炎の痛みが無い。

 耐え続ければ頑丈になる……そういうことなのか。


「わぅぅ、起きて起きてー」


(おっと、目を覚まさないと泣きそうな声になってるな)


 目を開け、上半身を起こす。

 俺の顔をのぞきこんでいたのは、垂れ下がった尻尾と耳をさせた犬の少女だった。


 少女の姿をさせてるせいか全身は小さい。

 しかし丸まった尻尾は大きく、毛の色はその全てが暗緑色だ。


 頭から足下にかけて、白く輝きのある光沢。触れてみないことには分からないほどのなめらかな毛触り感。


 モフモフ度はかなり高い。

 赤い瞳で俺をじっと見つめているが、この子も末弟子なのか。


「お、起きたよ。ええと……俺はリオ。君は?」

「わぅっ! ボクはクー・シーです。クーと呼んでくださいです!」

「クーだね。よろしく」


 ぱたぱたと重量のある尻尾を振って喜んでくれている。

 耳に触れたくなるがここは我慢だ。とりあえず連れて来られたところを見回す。


 ここは間違いなくグリフォンの巣の中。それなのに、彼女の後ろに広がっているのは辺り一面の畑だ。


 畑ということは、ここで何かをやらせるつもりがあるということになる。


「リオさん。ここは畑です!」

「そうみたいだね」

「わぅ。リオさんには畑に穴を掘ってもらいたいのです!」


(てっきり耕せと言われるかと思ったけど、今回は簡単だな)


 辺り一面が畑とはいえ穴を掘るだけなら余裕だ。ドラゴンブレスに比べれば、痛みを伴うものでは無いだろう。


「穴を掘るだけでいいんだね?」

「わぅっ! リオさんの手だけで、深く深く掘ってくれたら嬉しいです」


 ――俺の手だけ。

 確かにそう聞こえた。何の道具も使わずにここを掘れと。


 どれくらい深く掘るかによるが、まさかこれが特訓か。


「……掘った先に何があるのかな?」

「何も無いです! ボクの本当の姿で寝そべる穴が欲しいです」

「本当の姿?」


 さすがに少女の姿のままなはずがないと思っていた。

 しかし――


 どぉっ、という轟音が巣の中に響き渡る。

 そうかと思えば、天井に届くくらい見上げるほどの巨躯が目の前にあった。


「わぅぅ!! ボクのこの姿で眠る穴が欲しいです!」


 そう言うと、クーはすぐに少女の姿に戻っていた。恐らく普段は少女のままで眠っている。そうでなければ他に場所なんて見当たらないはず。

 

 この子の為にも手だけで深い穴を掘る。それしかないみたいだ。


「……案外、土が柔らかくて良かったよ」

「リオさんが穴を掘り終えたら、きっと力が上がるぅ。頑張ってくださいです」


 


 不思議と体力が有り余っている。そのおかげもあり、自分の力で這い上がれないくらいの深い穴を掘った。


 もはやクーの姿が見えないほど深い。

 手や指の皮がはがれて感覚が無くなっているが、穴は掘り終えた。


 そんな時だ――

 聞いたことも無い声が頭の中に響いた気がした。


【ストレングスアップ】【マインドアップ】【レベルアップ】


(えっ? な、何だこの声……)

 

 意味が分からないが、何かの力が上がったらしい。

 手の感覚は無いままで皮もむけているのに、これはどういうことなのだろうか。


「わぅ!! リオさんそのままー! ボクがくわえて引き上げるです」

「――わっ!?」


 クーの声が聞こえたと思ったら、クーの口にくわえられていた。

 どうやら上にあげてくれるようだ。


 上がった地面で聞こえて来たのは――


「リオくん、よく頑張ったねー!」

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