第5話 長すぎる尻尾

「うっ……うぶぶぶ……い、息が」

「まだ駄目。限界まで我慢。リオは我慢が足りない」


 シーシーは俺の全身を包んだ。その状態から身動きの取れない姿勢になり、今はひたすら水に顔を突っ込んでいる。


 フィーネの言いつけはこうだった。


「食事はシーちゃんからもらってね。最初の教育はシーちゃんです! リオくん、とにかく耐えて耐えまくって生きるんだよー!」


 そう言い残して、フィーネはグリフォンの姿で飛び去ってしまった。シーシーによれば、彼女は魔王の側近らしく忙しいらしい。


 フィーネがいなくなったことで俺は不安を覚えた。フィーネがいるうちは良かったが、いなくなると人間である俺の安全が保障されないからだ。


 だがそんな心配をする間もなく、すぐに教育が開始された。

 

「そこに川が流れてる。水の中に顔を突っ込んで耐えればいい」


 財宝部屋から離れたところに川が流れていた。

 グリフォンの巣ではあるが、環境的には大きい洞窟に近い。


「耐える……って、それだけ?」

「リオは我慢を覚える必要がある。出来なければ食事抜き」


 そう言われてもすぐに実行出来ずにいた。

 その直後。


 シーシーはスライム状で俺を包み、顔を水中に固定してしまった。


「――うぶっ! うぶぶぶぶぶ!?」


 固定されては息継ぎも出来ない。耐えるどころか危なくなりそうだ。


「あと少し耐えたらリオに抵抗力がつく。我慢して」


 水中で息を我慢していると何も聞こえない。このままでは強くなる前に溺れてしまう。しかしシーシーは解放してくれそうにない。


 そろそろ限界が近いせいか、意識が飛びそうだ。

 力無くここで終わるのか。


「よいしょーーッス!!」


 意識を無くす寸前で、威勢のいい声が耳に響いた。

 ――同時に、何かに引き寄せられて一命を取り留めることが出来た。


「ゲ、ゲホッゲホッ……」


 かなり水を飲んでしまった。こんなことでは抵抗力をつけるなど遠く及ばない。

 落ち着いたらシーシーに謝ろう。


「ウワサの人間さんを溺れさせて始末するつもりだったッス?」

「これくらいで死なない。邪魔しないで、ラヴ」

「同じ末弟子! 死なせたら駄目ッス!」


 仲間割れだろうか。同じ末弟子と聞こえたが、毛むくじゃらで姿が分からない。

 

「ふぅ……んぬっ!? むーむー……」


 息が整って来たところで声の主を見ようと思ったが、尻尾の毛にくるまれている。これは動けそうにない。


 どうやら相当に長い尻尾の持ち主のようだ。

 

 毛触りは俺の独断で、モフレベル2程度。フィーネほどじゃないがモフモフの魔物に違いない。


「あっ! 気付いたッス? 尻尾苦しいッスよね? すぐに回収するッス!」


 言葉だけ聞いていれば、格闘系の冒険者のようだ。

 しかし尻尾から解放されると、そこにいたのはドラゴン族だった。


 それほど大きくは無いが、尻尾が異様に長すぎる。

 地上で見たことのあるドラゴン族とはまるで違う感じだ。


「あ、ありがとう。……あなたは?」

「ラヴという名前ッス! ドラゴン族のペルーダって知らないスよね? 人間さん、危なかったッスよ。シーシーは容赦なく、手加減を知らないッス」

「俺はリオです。ラヴさん、よろしく」

「呼び捨てでいいッス!」


 完全なドラゴンでは無く竜人に近い。全身緑色で蛇のような頭と尻尾。

 性別は不詳。四本足をさせているが、爪だけ見ればドラゴンそのものだ。


 俺を見る瞳は深紅色をしていて神秘的な感じがする。

 翼が見当たらないということは、飛べないタイプのようだ。


 それはそうと、勝手に水から引き上げられたシーシーはどうなったのか。

 彼女を見てみると無表情のまま動きを見せていない。


 ラヴというドラゴン族と合わないのか、そっぽを向いている。

 途中で助けられたとはいえ、とりあえず言いにいかねば。


「て、抵抗力はついてないよね?」

「……リオはマインドアップした。少し耐えた。これを食べていい」


 そう言って渡されたのは、ゼリー状の食事だった。ラヴが来たことが気に入らないのか、シーシーはどこかに歩いていなくなってしまった。


 マインドアップと言われたが、死にかけて精神力が上がったのか。俺自身はそれを実感出来ないのが残念だ。


「それにしてもリオさん、よく耐えたッスね! ラヴの尻尾で息の根を……じゃなくて、ゼリー食ったら次はラヴと特訓ッス!」

「よろしく頼むよ」


 ――マインドアップの効果なのか、すぐにやる気が起きた。

 少し前の俺ならすぐに返事をせずに弱気になっていたはず。


 ラヴとシーシーの連携が取れて無さそうだが、関係無く始まるらしい。

 驚くほど強くなれそうにないが、やるしかないか。


「――はいッス!」

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