第3話 無色の治癒力

 名前を言ってしまった後に思わず口を塞いでしまった。不用意に名乗ったところで勇者だと気付かれるはずもないのに。

 

 しかしフィーネは、動きを止めて俺をまじまじと見つめている。

 言葉遣いは幼げではあるが、見た感じ俺より少し上のお姉さんくらいだろうか。


「……グラファス――その名前聞き覚えがあるような?」

「えっ」


 世界中を旅しながら数々の魔物を討伐して来た。といっても、グリフォンのような格上とは戦ったことが無い。


 最強をうたっていたといっても、あくまで身近な魔物に対してだけ。自ら強敵を探す時間も余裕も無かったというのが現実だ。


 町の外に徘徊する魔物を倒して、人々を助けまくっていただけに過ぎない。

 そんなグリフォンが名ばかり勇者を知っているとは到底思えないが。


「あぁー、思い出した! 勇者だ! あれ、そうなるとリオくんも勇者かな?」


 どうやら勇者認定されたらしい。しかし思い出したと言っているということは、もしかして始祖と出会っていたのだろうか。


 そうなるとフィーネは、一体どれくらい長く生きて――

 

「は、はい」

「どうりで面影あると思ったんだー! 彼は元気?」

「……い、いえ、かなり昔に亡くなってるので、出会ったことはないです」


 始祖の顔も素性も知らないのに、面影と言われても分からない。それでも彼女が始祖に出会っていたのは偶然なのか、それとも……。


 それにしても体調が良くない。


「そっか、もうそんなに経つんだ……。魔王さまに戦いを挑もうとしてた彼は勢いがあったなぁ」

「魔王!? え、勇者が戦ったんですか?」


 グラファスの手記にはそこまで詳しく書かれていなかった。墓にも没年しか記されていないし、そもそも故郷での墓の扱いも良くなかったのを思い出した。


 町の外れにひっそりと佇んでいたという時点で気付くべきだった。

 

 そもそも勇者の墓なら町の中央にあってもおかしくないはず。それこそ目立つ場所で石碑になっていても変じゃない。


 俺の家も墓の近くにあったが、もしかして勇者が衰退することを知られていたからなのか。


「それがねぇ、戦う前に急に具合悪くなって帰っちゃったんだよ。魔王さまも残念がってたんだけど、体調が悪いのはしょうがないよね」


 病気をわずらいながらも魔王までたどりついていたとは。

 始祖の方がよほど勇者らしく動いていたわけか。


「ハァ、ハァ……」

「ちょっとちょっと、リオくん? 顔色悪いよ? どこか悪いんじゃ……今すぐ鎧を脱いで見せて!」


 町の人間たちに何度も突き飛ばされた時のすり傷や切り傷が、今になってすごく痛む。体力も無ければ自然治癒力も乏しいから仕方が無いことだが。


 ごそごそ、とフィーネが俺の防具を脱がしている。もはや抵抗する気力も残っていないのでされるがまま状態だ。


「くっ……うぅ……」

「――! ひどい傷……だから弱っていたんだ……」


 何とも情けないが、ヘルシラードに着いた時点で弱っていた。その状態で何度も突き飛ばされていれば、ダメージも蓄積されているはず。


 グリフォンである彼女に保護されたところで回復もままならないだろう。どのみちこのまま衰退していくのは避けられない――


 ――はずだった。


 フィーネと話をしていた途中だったのに痛みが重なり過ぎて、いつの間にか気を失っていたようだ。


 しばらく眠っていなかったせいもあって、何とも心地よい眠りについた。しかも夢の中かあの世か分からないが、体の痛みが消えて軽くなったような感じがあった。


(んうう……何だか手足が生ぬるいような……)


 ぬるま湯に浸かりながら何かプニプニにしたものに包まれていて、傷の痛みはすっかり消えて無くなっている。


「ぷ、ぷにぷに!?」


 モフモフにも劣らない気持ち良さで驚いてしまったが、俺を覗き込んでいたのはフィーネだった。グリフォンでプニプニとは考えにくいのに。


「……あっ、気付いた! もう大丈夫。リオくんの傷は完全に癒えたからねー」

「フィ、フィーネ? え、あれ……」


 フィーネの顔の他に、無表情で俺を見る少女の姿があった。長い髪とつり目が見えているものの、無色のせいか向こう側が透けて見えている。


「フィーネではない。フィーネさまと呼べ! 人間め……」

「めっ! 駄目だよ、シーちゃん! リオくんもシーちゃんと同じなんだから。優しくしないと人間は弱いし、すぐ死んじゃうんだからね?」


 優しく諭しているように聞こえるが、結構恐ろしくて厳しい。幼げな言葉に油断は禁物ということか。


「フィーネ……さま。その子は?」


 呼び捨てしただけで攻撃されそうな気配を感じる。フィーネは気にして無さそうだが、格上ゆえの余裕さがそうさせているかもしれない。


 彼女とは対照的なのが無色透明の少女だ。ずっと俺を睨みながら、いつでも手を出せるといった殺気を放っている。


「スライム族のシーシー・ゾーイ。略してシーちゃん! この子の治癒能力のおかげでリオくんは回復したし、良くない症状を鈍化させられたよ! やったね!」


 良くない症状とはまさか……スライム族のプニプニで衰退鈍化したのか。


 解消されたわけでは無いみたいだが、とにかく衰退のことを含めてフィーネには全て打ち明けるしか無さそうだ。

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