第2話 魔物保護下の勇者

 意識を落としてからどれくらいが経っただろうか。

 故郷であるヘルシラードの人たちに追い出され、外に飛び出してからの記憶がまるで無い。


 時季外れの外を出歩けるのは、基本的にほとんどが手練れの冒険者だ。

 城塞都市に暮らしているとそこがどんな極寒の大地であっても、気にならないという利点があった。


 だが俺は城塞都市の外に出た。

 凍えて動けない状態か、知らぬ間にほら穴にでも迷い込んで助かったか。


 そのどちらかだと思われるが、感じる暖かさはそれらとは全く違っている。

 ふわふわした質感はまるで、羽毛のようにモフモフ――


「人間さん、そろそろ起きて欲しいなー!」


 ――!? 

 声が聞こえる。ということは、見知らぬ人に保護されているのか。


 長いこと外にいて凍えているはずなのに、四肢は全く麻痺していない。

 そこから考えられるのは、誰かに抱きしめられて助かった……あるいは勝手に抱きついている。


 どちらにしても失礼なことをしていることに変わりはない。

 目を開けたと同時に離れて、急いで土下座しなければ。

 

「ご、ごめんなさい! 今すぐ離れま――っ!?」

「駄目だよー! わたしから離れちゃったら、人間さん凍死するよー」


 勢いをつけて離れようとしたところで、すぐに引き戻された。

 人間とは思えない力強くて鋭い爪に加え、金色の瞳とくちばしが見えている。


 それと大きな翼――


「つ、翼!?」


 目に映ったのは獰猛な魔物として名高い空の王者、グリフォンの姿だった。

 まさか、魔物が俺を助けてくれたのか。


 グリフォンといえば、地上で見ることは稀で人間がいるところに現れることは無いはず。

 それがどうしてこんなところにいて、しかも俺を温めてくれているのか。


「人間さん、ここは極寒の大地っぽいから移動するね!」

「わぷっ……!」


 ごおっ、とした風の音が立ったかと思えば、グリフォンは空に飛び上がっていた。

 助けてくれたのではなく、巣に帰って食べるつもりなのでは……。


 そう思いつつも、モフっとした暖かな羽根から逃げられない状況にある。すでに空に飛ばれてしまっている時点で、どこにも動くことは出来ない。

 

 凍死を逃れただけでも良しとしよう。


 しばらく空の上にいたグリフォンがようやく地上へ降りるようだ。

 どうやら見渡す限り、人っ子一人いない場所に来たらしい。


 グリフォンは大きな翼で、俺をゆっくりと地面に降ろした。

 

「安心していいよー! ここはわたしたちの巣だから!」


 やはり魔物の巣だった。

 しかもグリフォンの子が多くいるということは、餌として運ばれて来たということで間違いない。


 こうなった以上、抵抗は無駄だろう。

 まして衰退が始まってからの弱体ぶりをどうすることも出来ない。


 覚悟を決めていつでも喰われる準備をしよう。

 それでももう一度だけ駄目元で教えを乞うのも、いい冥土の土産になりそうだ。


「俺を喰う前に、どうか俺に……生き抜く方法を!! お願いします! 何でもします! だから――」


 土下座だとすぐに喰われそうなので、何度も頭を下げて声を思いきり出した。

 どうなるか分からないが、魔物だけが頼りだ。


「えぇー? 喰われると思っていたのー? いくら何でもお弟子さんを喰うつもりは無いよー」


 今なんて言ったのだろうか。

 俺の耳が正常なら、お弟子さんと聞こえた気がする。


 ヘルシラードを出てすぐの記憶が飛んでいるが、まさかその時すでに頼み込んでいたのだろうか。

 もしそうなら、グリフォンが人間である俺を助けるなどあり得なかったはず。


「弟子……ですか? えっと、あなたは……」


 どう呼べばいいのか。グリフォンに違いないのに、上手く呼ぶことが出来ない。

 そう思っていると、突然ひゅうっ、とした風の音が聞こえて来た。


 その直後のことだ。

 俺の目の前には、グリフォンでは無くどう見ても人間にしか見えない女性の姿があった。

 

「わたしはフィーネだよ! お弟子さんのお名前は?」


 金色の長い髪と瞳、細長い耳……まるで王族が着るようなひらひらとした上衣。

 どう見ても可憐な王女様にしか見えない。


「お、俺はリオ=グラファス……あっ」

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