第2話:ルゥの想い

「ふむ。なるほど。そういうことならうちに住むと良い」


「……いいの?」


「あぁ。構わんよ。ただし、タダで住まわせるほどお人好しじゃない。やることはやってもらう」


「なんでもする」


「ほう。言ったな?」


「……で、出来る範囲のことなら」


「ほっほっほ。それじゃあ、さっそく手伝ってもらおうかね。ルゥ、料理はしたことあるかね?」


「ある。何作る?」


「そうだねぇ。せっかくアカリが来てくれたんだ。アカリの好きなクリームシチューを作ろうかね」


「やったー。ばあちゃんのクリームシチュー大好き」


「……アカリは手伝わない?」


「あたしは食べるのが仕事だから」


 そう言って、アカリがウキウキしながら席についた時でした。どぉん! と、近くで銃声が響き渡りました。そして、玄関の方からドアを激しく叩く音が響きます。鍋をかき混ぜていたルゥは飛び跳ね、うずくまって震え始めます。


「呪われるつったのに……あいつら……」


「アカリ。お前はルゥの側に居てやりなさい」


 刀を持って家を出ようとするアカリをルミナが引き止めます。アカリは頷き、キッチンに向かい、震えるルゥを抱き寄せました。


「アカリ……」


「大丈夫。ばあちゃんがなんとかしてくれるさ」


「……ワタシ、やっぱり森を出ていく」


「あ?何言ってんだよ。今出たら殺されんぞ」


「ワタシ居ると、狩人がやってくる。迷惑、かけてしまう」


「バーカ。誰が迷惑つった」


「けど……」


「うるせぇな。出ていかれて殺されたらあと味が悪ぃだろうが。ここに居ろ。大人しく守られてろ」


「アカリ……どうしてそんなに優しい?ワタシ、獣人だぞ。人間、獣人のこと嫌いだろ?」


「たしかに獣人を嫌う人間は多いよ。私もそうだった。けどそれは、獣人が人間を襲うと思ってたから。けど、あんたに出会ってそうじゃないことを知った。だから今のあたしは、獣人は嫌いじゃないよ」


「アカリ……」


『では、本当に獣人を匿っていないか中を見せてもらっても?』


『あぁ。構わんよ。好きなだけ探しな。何も居やしないから』


 玄関の方からそんな声が聞こえたかと思えば複数の足音が近づいてきます。アカリとルゥは焦りました。


「はぁ!? 何考えてんだあのババア! 隠れるところとかねぇの……に……!?」


 突如二人の足元に魔法陣が描かれたかと思えば、二人の身体はその魔法陣の中に沈み、飲み込まれました。


「な、何? 何が起きた?」


「ばあちゃんの魔法だ。奴らが居なくなるまでここに居ろってことだろ」


 沈んだ先には、何もない真っ白な空間が広がっていました。『居たか?』『こっちは何もない』という声や足音は聞こえますが、狩人達の姿はありません。


「全く……焦らせやがって……」


 アカリはため息を吐き、ルゥを離してその場に寝転がりました。ルゥも真似して隣に寝転がります。


『クソっ、どこに隠しやがったあのババア……!』


 ガシャーン! と、物が落ちる音や割れる音が響きます。姿が見えなくとも、家の中が荒らされているのが想像できます。


『もう諦めましょうよ』


『いいや! 獣人なんて、奴隷として売れば一生遊んで暮らせる金が入る可能性があるんだぞ! あんなお宝、そう簡単に諦められるかよ!』


 奴隷というワードを聞いて、ルゥは顔を顰めます。


「……ワタシの仲間、昔、人間に攫われた。ドレイにされた言ってた。ドレイ、分からないけど、酷いことされた、聞いた。だから逃げた、言ってた。死んだ方がマシ、言ってた」


「……そうか」


「……」


 ルゥはアカリの方を向き、無言で彼女に抱きつきます。アカリも何も言わずに彼女を抱きしめました。


「……ルゥの住んでいた村、燃やされた。仲間も、もう誰も居ない。ルゥはもう、独りぼっち。だから……アカリに会えて、本当に良かった」


「……そうか」


「ワタシを助けてくれてありがとう。アカリ」


「どういたしまして」


『もう良いかね?何も居ないと分かったじゃろう』


『うるせぇババア! どこに隠しやがった!』


 次の瞬間。どぉん! と、銃声の音が響きました。


「ルミナ、撃たれた!?」


「ルゥ、大丈夫だ。あのばあさんは魔女だから。そう簡単に殺されるようなヘマはしない」


『な、なんだよお前……なんで……』


『わしは魔女じゃからのう。銃弾を止めることなどなんてことはない。さぁ、いい加減帰るが良い。これ以上わしを怒らせる前に。でないと、死ぬより苦しい呪いをかけてしまうぞ」


『ひ、ひぃ!』


『あ! 待てお前! 俺を置いて逃げるな!』


 悲鳴が聞こえ、足音が遠ざかっていきます。しばらくすると、二人の居る空間に突如扉が現れました。がちゃりと開き、ルミナが顔を覗かせました。


「二人とも、狩人は帰ったよ」


「ルミナ、大丈夫?怪我、してないか?」


「大丈夫さ。見ての通り無傷じゃ」


「っ……良かった……」


 ルゥはルミナに抱きつき、泣きながら謝りました。


「どうしてあんたが謝るんだい」


「狩人来たの、ワタシのせい」


「そうかもしれんが、別にお前さんが謝る必要はない。困っている人を助けるのは当然のことさね。さぁおいで。シチュー作りの続きをしよう」


「シチュー、無事だったのか?」


「あぁ、問題ないよ。家は荒らされたが、魔法で修復をしているからね。まだ途中じゃが、とりあえずキッチンは直ったから」


 ルミナに手を引かれて二人が扉を括ると、その先はキッチンに繋がっていました。荒らされたとは思えないほど綺麗でしたが、他の部屋はまだ荒れ放題です。しかし、割れた破片や破れた本が再生して勝手に元の場所に戻っていく姿を見て、ルゥは目を輝かせます。


「これも魔法?」


「そうじゃよ。ちょっと時間はかかるが、勝手に直っていくから気にすることはない」


 アカリも倒れた椅子を起こし、テーブルに突っ伏して一息吐きました。


「なんか、すげぇ疲れた」


 すると、ルゥがコップを二つ持ってきて、アカリの隣に座りました。


「レモネードだって」


「ありがとう。ばあちゃんの手伝いはいいの?」


「うん。もう出来るからって」


「そう」


「……アカリ、シチュー食べたら帰る?」


「うん。帰るよ」


「……寂しい」


「ははは。また会いにくるよ」


「……うん。待ってる」


 そう言ってルゥは、アカリの肩に頭を乗せました。


「……アカリ」


「ん?」


「……この赤ずきん、貰ってもいいか?」


「ばあちゃん同じものいくつか持ってるから、ばあちゃんからもらいな」


「これがいい」


「あたしのお下がりだけど」


「……アカリの匂い、安心するから」


「なんだそれ。なんか恥ずかしいな。……まぁ、ルゥがそれでいいならいいけど。そろそろ新しいのと交換しようと思ってたし」


「……ありがとう。お別れ、寂しい」


「また来るってば」


「いつ来る? 明日か?」


「明日は……友達の結婚式があるから、時間があったら行く」


「ケッコン?」


「あー……恋人は分かる?」


「コイビト……つがいのことか?」


「あぁ、そうそう。番。結婚は、番になるってこと。それをお祝いするお祭りみたいなものが結婚式」


「……アカリにも番はいる?」


「あたし? 居ないよ」


「……そうか」


 ホッとするルゥ。ルゥは、自分を助けてくれたアカリに惚れていました。だけど、そのことはアカリには言えませんでした。人間であるアカリは、人間のオスと番になった方がいい。獣人で、しかもメスである自分ではアカリの番にはなれない。そう思っていたからです。

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