1.あぽかりぷすなう


「さあ肩慣らしも済んだところで【ブルー・ブラッド】、君の仕事は簡単だ。【屍喰鬼グール】を倒しながら物資を集め、血の記憶を継承し、ある人物に復讐する事だ――その名を【クイーン・ベルベット】と人は呼ぶ。君と同じく青い瞳を持つ【転死者ディフェイテッド】だ」


 鏡には、狩猟刀を佩いた黒地に青い瞳を持つ壮健な男性が映っている――まぎれもなく【あなた】の姿だ。

 クイーン・ベルベットと言う人物に知り合いは居ないが、【あなた】の血が叫ぶ。


――殺せ。


 【あなた】の本能がその名を聞いた瞬間から高揚を覚えさせる。この人物を殺せ、そしてその血の記憶を継承せよと。

 【あなた】の記憶もそこに行けばあるのだろうか。とにかく【あなた】には目標が無い。目標が無い以上、この胡散臭い男とは暫く付き合う他ないようだ。


「とは言え、【クイーン・ベルベット】は【転死者ディフェイテッド】や【屍喰鬼グール】の中でも最強クラスだ。今の君ではまず太刀打ちできないだろう。まずは【獣】と呼ばれる【屍喰鬼グール】の討伐を目指したまえ」


 【あなた】の本能が、【獣】に対する殺意を呼び起こす。【あなた】は【獣】に余程こっぴどくやられたのだろうか。

 目標は2つ、大目標は【クイーン・ベルベット】の撃破、小目標は【獣】の討伐。


「だが、【獣】も【屍喰鬼グール】とは比べ物にならない程強い、気を付けて戦いたまえよ――そうそう、このPDAを持って行きたまえ」


 ドクター・クランケが、上から放り投げたPDAを【あなた】はまるで置かれたものを取るかのように苦も無く受け取る。それと同時にシャッターが開き、暗がりから出た【あなた】はそこにあったものを見て驚愕する。


『――これが今の世界だ。人類の3割が【屍喰鬼グール】と化した。それはすなわち文明社会の崩壊を意味している。様々なテクノロジーをかき集めて何とか生き延びているが、それもままならなくなるだろう』


 文明の残滓、破壊の限りを尽くされた都市。【あなた】の眼前に広がるそれは、【あなた】にフラッシュバックを引き起こす。


――もし、私が、堕ちた時はお願いします。


 誰の声かは分からないが、【あなた】にただ一つ分かることがあった。


――あなたは失敗した。


 その誰かを殺す事か、解放するか、どちらかに失敗したのだ。そしてどうなったかは、【あなた】には分からない。


――眼下から漂う血の匂いが高揚で満たす。


 【転死者ディフェイテッド】は【ブラッドメテオ】に祝福されたのろわれた生まれついての狩人である。血の匂いは【あなた】が狩るべき相手の存在を示していた。


 先の戦いで覚えた不愉快な腐臭もする、【あなた】はそれが【屍喰鬼グール】のそれだとはっきりと認識できる。縄張りに呪われたしゅくふくされた忌まわしい敵が居ることに【あなた】は耐えられそうもない。


――殺す。


 【あなた】は崖から飛び降りた。この程度落ちても大したことは無い。【あなた】は人間ではない、【転死者ディフェイテッド】なのだ。

 さて、血の気配は3つあった。1つは【屍喰鬼グール】の不愉快なそれ、もう2つは親子。

 【転死者ディフェイテッド】も、【屍喰鬼グール】も酔う美酒の匂い。

 行き止まりに追い込まれた母親が、せめて幼い息子だけは守ろうと、抱きしめて背を向ける。


 死を覚悟し、子供だけは、と祈った瞬間。

 神はそれに応えた。

 新たな試練と言う形で。


――殺す。


 【あなた】はちょうど【屍喰鬼グール】の目の前に落ちた。

 人間に見えるそれに、母親は目を見開いた。助かったのか、と。

 【あなた】には目の前に居る【屍喰鬼グール】しか映らない。敵を殺せと【あなた】の血が叫ぶ。【あなた】に敵を避けることは許されない。全ての敵を滅ぼすまで戦うことだけが許される。


 不意打ち気味に現れたにも関わらず、先手を取ったのは【大槍の屍喰鬼グール】であった。

 悍ましい叫びを挙げて振るわれた大槍を――【あなた】は撥ねた。


――殺せ。


 体勢の崩れた【屍喰鬼グール】の右腕を両断。

 だが敵はまだ生きている。


――喰らえ。


 左手でがら空きの胸郭をぶち抜いて、心臓を抉りだし、握りつぶす。【あなた】は【大槍の屍喰鬼グール】を殺し、血の記憶を継承した。


「ヒィッ!?」


 ぼたぼた、と、血を滴らせながら振り向いた【あなた】に、母親は悲鳴を挙げた。目の前に、血袋がある。


『まあ待ちたまえ【ブルー・ブラッド】、君が血に飢えた【転死者ディフェイテッド】であるのは分かるが、殺してはいけない者もいる。それが【人間】だ。アーユーオーケイ?』


 PDAからかなり大きめのドクター・クランケの声が響き、ドクター・クランケが母親の説得を試みる。


『君たち一体何処へ行こうと言うのだね? 見るにシェルターから抜け出て来たようだが、【人間】が歩き回るには危険そのもの。今とて【ブルー・ブラッド】が通り掛からなければ2人揃って【屍喰鬼グール】のエサ。違うかね?』


 【あなた】は黙っていた。目の前の血袋よりも、周囲に不愉快な気配が多い事が気に掛っていた。血に酔うにも、敵に奪われては意味がない。


『フムフム、【ブルー・ブラッド】の様子を見るに周囲にはまだ【屍喰鬼グール】が多い模様、一先ずラボに来るが良い。【ブルー・ブラッド】も異論はないな? 因みにいやと言った場合、【ブルー・ブラッド】は君たちをおやつにするぞ』


 どう思われようが、足手まといを連れて行く趣味はない。【あなた】は戻ることを了承した。

 母親は絶望したような顔をしていたが、【あなた】には関係が無い。



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