第9話 女神の齎す「紅茶」と「月夜」


 突如俺たち3人の眼前に現れた、真っ赤な髪、真っ赤な花魁衣装、金色の瞳の女性。

 自ら女神と名乗った彼女は、傍らで腰を抜かしていたルーナに告げた。


「いけませんネぇ、ルーナ。

 大事なお客サマに、また肝心の説明を忘れたのですカ?」

「せ、セツメイ……?

 何のことです、エヌマ様ぁ?」


 うさ耳が片方ぺたりと折れたまま、ぽかんと女神を見上げるルーナ。

 そうか。この、妙に言葉がカタコトな女神?はエヌマというのか。

 ルーナの言葉に、女神は大きく肩を落とした。


「モォウ……

 やっぱりまた、カンペキのペキペキに抜けちゃったのですねぇ。

 天体操作の件と、あとは……

 アールグレイティーのことを」

「あっ!!!」


 一体何を思い出したのか、顔面蒼白になるルーナ。

 俺たちは全く意味が分からず、女神に問う。


「どういうことだ?

 天体操作? アールグレイ?」

「また数カ月更新サボっていた間、ボクたちの知らないところで何かあったということでしょうか?」

「言うな」


 俺が玉露にビシリと突っ込むが、女神はにこやかに微笑んだままだ。


「銀さん。そして玉露さんもペンペンさんも、これまで相当ご苦労だったデショウね」

「はんぺんデス女神様!」


 女神の大きな胸に見とれながらも突っ込むはんぺん。若干口調移ってるぞ。

 その横で、ルーナは何も口を挟めないのか、今までになく小さくなっている。

 一体どういうことだ。前回の流れから、俺たちは神々との大戦争をおっぱじめるはずじゃなかったのか?


「ルーナ。顔をアゲなさい」

「は、はいぃ!!」


 ぴーんとうさ耳をおったてて飛び上がるルーナ。

 女神はため息をついた。


「ゴメンナサイね、皆さん。

 この子は一生懸命なんだけど、どうにも忘れっぽい上、おっちょこちょいで。

 大事なことを皆さんに教えていなかったようデス。

 そりゃ、反乱寸前になっても当たり前デショウ……」


 わけが分からないながらも、俺は尋ねる。


「教えてくれ、エヌマ。いや、エヌマ様。

 俺たちはこの世界がストレスフリーだと聞いたが、現実はストレスフルMAXな日々だ。

 簡単に言えば――

 はんぺんはスケベがなければ死に、玉露は血飛沫がなければ死に。

 そして俺は、ストレスがない現状でストレスフルになって死にそうなんだ!」

「ソレは前回のお話で聞かせていただきマシタ」

「前回更新から数カ月経過してしまったから改めて説明した!」

「言っちゃ駄目だって銀ちゃん」


 はんぺんに突っ込まれたが、とりあえず無視る。

 すると、意外に素直に女神は答えてくれた。


「貴方がたの気持ち、よく分かりマス。

 天界の神々も、その点は重々承知でコノ世界を創造しました。

 確かに貴方がたの今いる世界は、えっちも暴力も、ストレスも何もない……

 一部の転生者にとってそんな世界は、現世よりもよほどストレスに繋がる。

 それは我々も知ってイマス」

「ならば何故――」


 女神は少しの間、虚空を見上げた。

 常に太陽が燦燦と輝き、闇という言葉とは無縁の空を。


「多くの転生者が、そのような世界を求めてしまったから。

 いいえ、それは転生者のせいではアリマセン。

 現世がアマリにもつらく、厳しく、歪んでしまったカラ――

 転生者は現世を思い出したくナクテ、少しでもつらさを思い出させるようなことは一切を拒んだ」


 なるほど……

 確かに現世は非常につらかった。

 俺たちだって、虐げられまくった末に命を落としたようなものだ。

 だからなのか、ストレスや争いや残虐行為、性的なもの含む暴力行為――

 それらを異常に嫌がる奴らは、とても多かった。

 俺だってもう二度と、あの会社を思い出させるようなものは見たくもない。

 会社の壁や机を連想させるものは見たくないし、電話の音を思い出すと吐き気がするし、何よりあのエナドリのライチ味は二度と味わいたくない。エナドリやライチ自体に罪はないにせよ、嫌なことを連鎖的に次々と思い出してしまう。


 恐らく――

 そんな俺たち以上に、現世では辛酸を舐めまくっている奴らが溢れている。

 現世が歪めば、転生先たる異世界も歪む。そういうことか。



「シカシ……

 夜の冷たさを知らなければ、昼の暖かさに感謝することもない。

 先ほどの銀さんの言葉は、ワタシの心に響きました。

 心からの叫びでしたカラ」


 そうだったのか。

 それほどまでに、俺の叫びは強烈だったのか。神をも動かすほどに。


「デスカラ――」


 女神は懐から、まるで魔法少女のようにステッキを取り出した。

 先端が光り輝く幾つもの桜色の宝玉で飾られ、豪華な装飾が施され、明らかに超神級マジックアイテムっぽい。

 彼女が優雅にステッキをひと振りすると、俺たちの前にはどういうわけか――

 白いオシャレな丸テーブルがひとつ。そしてその上に、金の縁取りの入った高そうなティーカップが3つ、用意された。

 カップには既になみなみと紅茶が注がれており、良い香りが漂ってくる。


「サテ、御三方とも、どうぞ。これまでのお詫びデス」

「これは……」


 玉露がくんくんと鼻を鳴らしつつ、こわごわながら口をつけた。

 しばらく様子を観察してみたが、特に異常はないようだ。


「ふむ、アールグレイですね。

 でも、ちょっと果物の匂いが強いような……これは?」

「これはデスネ、ストロベリーテイストをつけたアールグレイです。

 これを飲めば今の貴方がたの状況も、多少緩やかになるはずですヨ」


 えぇ……

 紅茶を飲んだだけで、神々に追い詰められた俺たちの状況が好転するってのか。

 半信半疑ながらも、女神の紅茶を恐る恐る嗜む俺たち。

 途端にはんぺんが上機嫌になった。


「うん、うまい! さすが女神様の紅茶!!

 やっぱり巨乳の女の子が入れてくれるお茶ってサイコーだよね!!」


 巨乳なら何でもいいのかお前。


「でも確かに、言われてみればちょっとイチゴ味が強い気がするなぁ……

 アールグレイ独特の香りもあいまって、普通の紅茶より濃厚だね」

「確かにな。

 女神の紅茶と言われれば納得な気もするが……

 しかし何故、アールグレイにストロベリー? これで何が変わるっていうんだ?」


 俺たちは三人揃って考え込む。

 ルーナは紅茶すら入れてもらえず、そばでしょげかえっているだけだ。

 この紅茶に、一体何の秘密が――



「ん? ストロベリー……つまりイチゴ……

 ……紅茶……アールグレイ……」



 その瞬間。

 俺たち三人の頭上に、一斉にピコーンと電球が輝いた。


「「「あ……

 あああぁああぁああぁああぁああ!!!」」」


 そんな俺たちを見つめながら、にっこり微笑む女神様。

 どこかの駄天使と違って、本物だ。本物の女神様だった!!


「アールグレイ……アール……

 ストロベリー……イチゴ……15……なるほどですね!」

「僕としたことが、どうしてすぐ気づかなかったんだ!?」

「つまりそういうことか……!」


 エヌマは。いや、真の女神様はゆっくりとステッキを手に浮遊しながら、俺たちに語りかけてくる。


「そう、貴方がたのご想像ドーリ。

 この紅茶を飲んでいれば、ある程度の暴力行為やストレス行動が可能になりマス。

 もちろん、ある程度までならえっちな行為も!」

「え!? ええええぇえええっちも!? あんなことやこんなことも!!?」


 一気に色めき立つはんぺん。

 そりゃそうだ。オ×ニーすら許されなかった世界で一気にあんなこともこんなことも可能にとか言われたら、そうもなるだろう。

 そんなはんぺんに、ルーナが冷静に突っ込んだ。


「あぁ、ちょっと。

 あくまで、ある程度ですからね?

 えっちそのものが駄目なのは変わらないですから」

「え、えぇ~!!?

 で、でも、パ〇チラとかチッスとかハグとかハーレムはOKになる!? なるって言って!?」


 その点に関しては若干曖昧な笑顔ではぐらかす女神様。


「トモカク~、そのあたりは自己判断でお願いシマス♪

 えっちそのものはさすがに無理ですし、そこまで至らずとも、あまりにカゲキな行為は控エテいただけると……」

「え、えぇ~!? R15でも駄目なのぉ!?」

「そのまま言っちゃ駄目ですよはんぺんさん!

 しかし……自己判断にお任せというのも難しいですね。

 自己判断で臓物をぶちまけ過ぎたら、結局神様たちから罰を喰らうわけですよね?」


 あからさまに不満顔なはんぺんに、ふーむと考え込む玉露。

 そんな彼らに、女神はステッキで遥か空の向こうを指し示した。


「この紅茶を飲むだけでも、だいぶこの世界は自由になりマス。

 しかしそれでもなお、限界はある。

 でも、この世界でも、堂々とえっちがしたい! 堂々と血飛沫を飛ばしたい!

 ヒトの肉棒とは限りないモノです」

「欲望な、欲望」


 慌てて訂正する俺。

 いくらイチゴ味のアールグレイを飲んだとはいえ、まだ何が起こるか分からない。

 女神の示した空の彼方には、見慣れた真緑の山々があったが――


「ん……?

 あ、あれ? 向こうの空が暗くなっている?」

「ホントだ! この世界には夜なんて来ないと思ってたのに!」

「いや、夜ならあった。だがやたらと時間は短かったし、それに……!!」

「見て下さい! 

 あの空、月が見えますよ! 真っ赤に輝く美しい月が!!」


 目を爛々と輝かせる玉露。

 そう――暗くなりかけた空には、この世界では俺たちがついぞ目にすることのなかった月が、大きく輝いていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る