第10話 忘れ去られていた最重要アイテム

 

 この世界では存在しないと思っていた満月。

 それが俺たちの頭上に、悠々と輝き始めていた。


「イチゴ味のアールグレイを飲んだだけの状態ではマンゾクできない――

 そんな貴方がたの為に、もう一つ方法がアリマス!

 それがこの……天体操作!!」


 そう言いながら、勢いよくステッキを振る女神。

 すると同じ形のステッキが3本、俺たちの眼前に現れた。


「このステッキ、貴方がたに差し上げマス」

「え、えぇ!?

 いいのか。俺たちが、こんな超神級っぽいアイテムを……?」

「モチロン♪

 元々、貴方がたにお渡しするべきものだったのですカラ」


 そう言いながら、少々ジト目でちらりとルーナを見据える女神。

 可哀想に、俺たちの背後に隠れながらルーナは一段と小さくなっていた。


「ステッキの柄の部分を見てクダサイ。

 3つのボタンがあるデショウ?」


 受け取ったステッキの手元を見ると、確かに女神の言う通り、3つのボタンが連なっていた。

 満月の如き白いボタン、三日月型のボタン、そして真っ黒の丸ボタン。


「この3つのボタンを好きに操作することで、世界は一気に変わりマス。

 例えば、この満月の白いボタン。これを押すだけで――

 はんぺんさん。オソラク、この世界は貴方のおもうがままになりマス!!」

「えぇっ!?」


 ぴょんと飛び跳ねて顔を紅潮させるはんぺん。


「と、ということは――

 ハーレム! 水着! 温泉! 混浴! パン〇ラどころかモロまで!!

 めくるめく酒池肉林の世界になるってこと!!?」

「えぇ、モチのロンデス♪

 何もしない状態では勿論、イチゴ味のアールグレイを飲んでも出来ないような――

 あんなこともこんなことも!!」

「出来るようになっちゃうのー!!?」


 はんぺん、もはや興奮が止まらない。

 女神は頭上の満月をステッキで指し示し、説明してくれた。

 カタコトではあったものの、アホウサギの最初の面倒そうな説明に比べたら随分マシに聞こえる。


「あの満月は、世界が変化したことを示すもの。

 ステッキの白いボタンを押すことで、この世界は太陽が沈み満月が現れ、一気に変貌するのデス」

「つまり、性的なあれやこれやが可能な世界にか」


 そう呟きながらふと周囲を見回すと――

 あぁ。もう既に、可愛い女の子や巨乳美女たちが群れを成し、俺たちを囲んでいた!

 しかも全員、半裸同然のコスチュームを身に纏って!!


「ちょ、ちょっと待て! これはどういうことだ!?」

「どういうって、世界が変わったのデス。こうなるのは必然デショウ?」

「必然でも何でもありませんよぉ! こ、こ、心の準備が、うわぁああぁ!!?」

「わーい! 僕はずっと待ってたよ美女軍団たちよー!!」


 あまりに突然の女子の群れに、逆にうろたえてしまう俺。

 平然と笑う女神。恐怖で縮み上がっている玉露。

 ただ一人はんぺんだけは、一瞬たりとも迷わず美女軍団の海へとダイブしていった。







「はぁ、はぁ、はぁ……

 強引に空術を使って脱出したが……」

「今度こそ死ぬかと思いました……」


 酒池肉林の海で溺れかかった俺と玉露は、それでも何とか生き延びた。

 はんぺんだけはとっても満足げな表情だが。


「うへ、うへ、うへへへへへぇ~~

 この世界で、いや人生でこんなに満足できたの、初めてだぁ~~♪ もっとしたいけど、さすがの僕でももたないよぉ~♪♪」

「人生も含めて、お前は色々終わってるがな」

「超絶キモイですはんぺんさん」



 しかし、ステッキを操作しただけであれほどまでに世界が変わってしまうとは。

 女神は相変わらず、俺たちの眼前でニコニコ笑っている。


「このよーに、天体操作は世界そのものを変えマス。

 もう一度やってみまショウか。それじゃ……

 玉露さん。その黒い丸ボタンを押してみてくだサイ」

「えっ、ボクが?」

「その黒丸ボタンで、今度は玉露さんの思いどおりの世界になるはずデスから」



 え。ちょっと待て。

 はんぺんの思い通りの世界もヤバかったが、玉露の理想の世界ってそれ以上に――



 しかし俺が止める暇もなく。

 玉露は躊躇することなく、黒丸ボタンを押してしまった。


「それじゃ、お言葉に甘えて……

 ポチッとな」

「わ、わぁあ! 玉露、やめ――」





 そして俺とはんぺんはいつのまにやら、どこぞの戦場のど真ん中にいた。

 さっきまでこうこうと輝いていた月はどこにもなく、空は暗黒の闇。

 俺たちの周囲に広がるのは、見渡す限りの死屍累々。血だまりの海。破壊された砲台や鎧、折れた矢の数々。焼け焦げた木から黒煙が噴き出し、闇の空をさらに汚している。

 そこらに転がっている血まみれの何かが人間なのか魔物なのか、それすら分からない惨憺たるありさま。

 思わず震え上がってしまった俺とはんぺん。


「ぎ、銀ちゃん、何コレ……?」

「た、たた、多分、玉露の理想の世界……なんだろう、な……」


 そんな俺の言葉を実証するかのように。

 血だまりに埋め尽くされた地平線の向こうから、地響きと共に聞こえてきたものは――

 玉露の奇声だった。



「イィィイイイイイィイイイイィヤッハァアアァアアァアアー!!

 首をもげ! 四肢を吹き飛ばせ!! 血と泥となみだに塗れた先にしか、真の美しさは存在しねぇ!!

 鎧は壊すもの、服は破るもの、肌は引き裂くものぞ!!

 これを待っていた、これこそオレの理想の異世界転生だぁああぁああぁ!!」



 大地を埋め尽くすかの如きゾンビの軍団を率い、何故かドラゴンに乗ってそれを先導する玉露。

 両手には身長を超えるほどの長さの大剣が。肩には何故かバズーカが乗っかっている。

 これまで武器が一切なかった世界でいきなり大剣二刀流&バズーカ。そりゃ楽しいだろうなぁ。

 頭からつま先まで血を浴び、何故か口の周りにまで血が付着している――

 明らかに人間のそれではない色の血が。一体玉露は何を……

 いや、これ以上は考えるな。考えてはいけない、俺。


 そんな風に俺たちがもたついている間に――

 玉露はその大きな眼をギロリと俺たちに向けた。

 もはや先輩への畏敬など欠片もない。ただただ獲物を求める猛獣の眼差し。


「ひ、ひぁああぁあ!? 玉露君がこっちに向かってくるよぉ!!?」

「ま、まずい! 今の玉露は完全に血に飢えている、逃げろ!!」


 玉露に背を向け、脱兎のごとく駆け出す俺たち。

 彼の雄叫びが追ってくる。



「てめぇら、待ちやがれぇ!!

 腸管を引きずり出し心臓を握りつぶし臓物をぶちまけろぉお!!!」

「「ひぎゃああああぁああぁあ~~!!??」」



 ドラゴンの炎が、バズーカの砲撃が、大剣の刃が――

 次々に俺たちに襲いかかった。







「はぁ、はぁ、はぁ……

 強引に空術を使って(ry」

「今度こそ死ぬかと思ったよ……」


 何とか逃げのびて元の場所に戻ってきた俺たち。

 玉露が必死でぺこぺこ謝っている。


「す、すみませんセンパイ……ついつい嬉しくて、調子乗りました」

「限度があるだろ!」

「すみませぇんん!!」


 それでも玉露は、とても満足そうな表情だ。

 はんぺんもそうだった。中身がどうであれ、ともかく奴らが満足できる世界が出来るというのなら、それもいいだろう。

 ――俺さえ巻き込まなければ、の話だが。


「ステッキの白ボタンと黒ボタンについては分かった。

 ところで、この三日月のような真ん中のボタンは何だ?」


 俺が尋ねると、女神は何故かちょっと顔を赤らめた。


「あ、いや、多分、その……これは貴方がたのような男性には、あまりご縁のないボタンなので……

 いえ勿論、お好きな男子がいらっしゃるのは否定はしませんが、貴方がたは違うと思いマスデス。

 あくまでワタシが、いや、女子が楽しむ為のものといいますか」


 あ、うん。何となく察した。

 女神様のご趣味まで、何となく分かってしまった。

 要はこの三日月ボタンを押せば、俺たちの貞操が危うくなりかねんということだな。

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