第8話 よろしい、ならば戦争だ

 

「見てるだけでキモイ触手の退治ぃ~?

 それ、ナニが面白いの? 銀ちゃん」

「好き放題女性に絡みつくったって、どうせボクたちには見えないんですよね。

 せいぜい悲鳴だけで、どうせちゃんとした触手なんて……」


 薄情極まりないこの世界で遂に引きこもってしまった、はんぺんと玉露の二人。

 今までの諸々を考えれば、二人がここまで拗ねるのも無理からぬ話だ。

 それを何とか引きずり出した俺だったが。


「いいから来るんだ。

 俺だってこんな世界はとっとと何とかしたい。これはその為の一策なんだよ」


 仕方がないので俺は、強引に現地へ二人を連れだした。

 勿論そこへ、あの駄天使ルーナもついてくる。


「銀さん自身もですね、ストレスがなさすぎるこの世界が嫌みたいなんです。

 つまり、はんぺんさんにとってのエロ、玉露さんにとってのグロ、それが銀さんにとってのストレスなんですよ」

「僕らをこの世界に放り込んだ張本人が笑顔でソレ言わないでくれる?」


 ルーナにはいつもデレデレで対応していたはんぺんも今や、酷くご機嫌斜めの膨れっ面だ。

 そして俺たちは現地へ到着。



「「「「うわ、キモ……」」」」



 4人一斉にげんなりと呟く俺たち。

 海一面にところ狭しとぴちぴちと跳ねまわっているのは、無数の黒ずんだ触手。

 タコやヘビでもここまで気持ち悪くはないだろう。

 当然だが、それに絡まれている女性の姿はない。しかし多くの人々が恐れをなし、遠巻きに触手モンスターどもを取り囲んでいた。

 このキモさに凹んでは計画が台無しだ。俺は声を張り上げる。


「よし、行くぞお前ら!

 とりあえず、あいつらを倒すんだ!!」




 そして例によって空術を使用し、俺たちはあっさりと触手モンスターに勝利した。

 これほどキモいものと戦っていればちょっとはストレスがたまるかもと当初期待していたが、そんな余裕すらもなく、実にあっさりとした爽やかな勝利。


「はぁ……ストレスのスの字もなかった……」

「当たり前だけど、エロのエの字もなかったよ」

「血しぶきのチの字もありませんでしたね」


 がっくりと肩を落とす俺たち。

 だが、俺の計画はここでは終わらない。終わってたまるか。


「二人とも、案ずるな。伊達に2カ月も更新をさぼったわけじゃない!!

 こんなこともあろうかと! 秘策を用意しておいたのさ!」

「「ええっ!?」」


 俺は倒した触手どもを、一斉に眼前の地面へ並べる。

 パチンと指を鳴らし、空術を発動させると――




 あら不思議。何故か目の前には、ドデカイ養殖池が出来ていた。

 触手どもはいつの間にかその中へと移動し、元気を取り戻してぴちぴちちゃぷちゃぷと跳ねまわっている。

 はんぺんも玉露も、そしてルーナもぽかんとその光景を見つめていた。


「ぎ、銀ちゃん、これは?」

「王になった俺を見くびるな。

 この触手と戦ってさえ空術が発動してしまうのなら――

 玉座の前でこうやって養殖し、そのさまを俺がずっと眺めていられるようにすればいい!

 俺の目の前に常にある景色までは、空術で飛ばすわけにもいかんだろう!」

「そ、そのココロは……?」

「これほどの気持ち悪さだ。

 ずっと眺めていれば次第にストレスがたまり、俺は……俺は……

 この世界で初めて、満たされる!!」


 言っていることがおかしいと自分でも気づいている。

 俺のこのノンストレス恐怖症は、現世での超ブラック労働から来ているという自覚もある。

 だが――それでも。

 眼前でおどろおどろしく跳ね回る黒々とした物体を眺めているうちに、俺は奇妙に満たされてきた。


 そして俺はそのうちの1体を手に取り、その感触を確認する。

 新たな主が誰かを理解したのか、すぐに触手は俺になついてきた。


「ふふ……ぬめぬめとした感触が実に気持ち悪い……気持ち悪いぞぉ……」

「僕らは銀ちゃんが気持ち悪いよ」


 ――そして分かった。

 試しに触手の胴体と思われる部分を、ぎゅっと思いきり握りしめてみる。

 きゃうん♪と触手は気持ちよさそうに身体をくねらせたかと思うと、びゅびゅっと黒い体液をその先端から吐き出した。

 思った通りだ。この触手、使えるぞ!


「玉露。

 ちょっとこの触手、握りしめてみろ」

「へっ!?

 い、嫌ですよぉ! さすがにセンパイの命令でもそれは……」

「いいから!」


 おじけづく玉露に、俺は強引に触手を握らせる。

 最初はこわごわと触っていた玉露だったが、やがて思いきり握りしめてみると――

 同じように、先端から玉露の顔に一気に吐き出される黒い体液。


「ひゃぁっ!?」

「玉露。この感覚、何かに似ていないか?」

「――!! こ、これは!」

「そう。この先端から吐き出される体液、これは色こそ違えど、お前の大好きな血しぶきだ!

 そしてこの触手は、それを 喜 ん で 吐き出している!!」


 俺は確信をもって、ルーナを振り返る。


「どうだ、ルーナ。

 これはお前たちの神の怒りに触れるか?

 これは暴行じゃない。触手が吐き出しているのは体液で、血ではない。

 しかも触手自身はそれを気持ちいいと感じている!!」

「そ……それは……え、えーとですね」


 ルーナにも判断がつかないのか、真っ赤な目をぱちくり瞬かせる。

 その横で玉露が呟いた。


「で、でもボク、リョ×行為をされる側が性的興奮を感じるパターンは正直、地雷で……」

「何もないよりマシだろ」

「えっ、じゃあセンパイ。

 センパイは、受攻逆の核地雷しか推しの本が存在してなくても、買えちゃうタイプですか!?」

「例えがよく分からんが、どうしても嫌ならこの鳴き声を悲鳴と解釈すればいい」


 とりあえずその問題は置いておこう。今は、どうにか俺と玉露の不満が奇跡的に解消されつつあるというのがとても嬉しい。

 そしてはんぺんはと言えば――



「うふ、うひ、うひへふへ……

 確かにこの感触、気持ち悪いけどなんかキモチイイ……

 最初は冷たいけど、人肌であったまってくるとアレとかアレとか思い出す……

 目を瞑ってさえいれば、これもう完全にアレだぁ……

 うふうふうふふあはは、うへへへっへ」



 そうほざきながら、俺の許可なく触手にほおずりを繰り返していた。

 うん、ダントツでキモイのお前だな。

 アレを絶対に具体的な言葉にするなよ。



 ともかくこれで、とりあえずは俺たちの不満が解消されたわけだ。

 色々と問題はありそうだが、当面はこれで何とかなるだろう。

 養殖ついでにこの触手を食糧にして売りさばくのもアリかも知れないな。

 時間はかかったが、何とか一件落着――



「だ、駄目ですよ! 銀さん!!」



 しかし、ようやく話がハッピーエンドの方向へ傾いたところで、突然叫び出したのは――

 駄ウサギ駄天使ことルーナだった。


「どうしたルーナ。これが駄目とは、どういうことだ?」

「と……とにかく、駄目なんです。

 銀さんたちが今手にしているその触手は……

 いわば、『想起させるもの』に該当してしまいますから」

「そ、ソーキさせるもの?」


 俄かには意味が掴めず俺たちがぽかんとしていると、ルーナは両手を腰に当てて説明を始めた。


「銀さん。この触手は――

 その形状から、えっちを想起させるものに該当してしまいます。

 そして触手に体液を流させる行為も、暴力を想起させるものです!」

「想起させるものだから……何だっていうんだ?」

「つまり、こうした『想起させる』行為も全て、えっちやリョ×同然。

 神様のお裁きを受けてしまうんです!!」


 な……なん……だと……?

 あまりのことに、俺は完全に凝固してしまった。

 何故だ。更新さぼった2カ月間、考えに考え抜いた俺の秘策が、これほどあっさりと!?

 目を剥いて反論するはんぺんに玉露。


「は、はいぃい!?

 えっちを想起ったって、これ、そのものじゃないよ!?

 人間ですらないし!」

「そうですよ!

 そもそも触手自身、体液を流すのは喜んでそうしてるだけですし!」


 それでもルーナは頑固に首を横に振る。


「あぁもう……ここに来る前に、何をするつもりなのか銀さんに確認するべきでした。

 触手が人間であろうとなかろうと、触手の意思がどうであろうと、現にはんぺんさんに玉露さんは、触手によってえっちやリョ×行為を想像してますよね?

 その時点で、駄目なんです!」


 はっきりと俺たちに断罪を突きつけるルーナ。

 しかし俺は、それでも食い下がる。この駄天使がこう言っていても、まだ神の裁定とやらが下されたわけじゃない――何故なら。


「待て、ルーナ。

 だいたい、空術が発動していないじゃないか。

 この触手でさえも神の怒りに触れるのなら、触手が出た時点で空術が発動するんじゃないのか?」


 ルーナはそれでもふるふると首を振るばかり。


「今のような、いわば目くらまし的な行為が行われた場合、空術の自動発動が遅れる時もあるんです。

 これはあからさまなえっちや暴力には見えないから、神様たちもなかなか気づかない」

「つまり、クソ神どもの最低な裁定が遅れてるってわけか」

「そうです。

 だから、天使からの連絡がない限り、ずっと気づかないことも……

 あっ」


 彼女は慌てて両手で口を押さえた。

 しかし、もう遅い。


 その時にはもう、はんぺんも玉露も、勿論俺も、3人揃ってずずいとこのアホ天使に詰め寄っていた。


「なるほどねぇえ~」

「よーく分かりました」

「つまりここで、お前の口さえ塞いでしまえば!」


 自分を取り巻くこの状況に気づいたアホウサギは、慌てて手足をじたばたさせる。


「い、いけませんよ皆さん!

 私に何かすれば、その場で皆さんはこの世界から消滅してしまいます!

 そうなったら本当に死んでしまいますよ、分かってるんですか!?」


 しかし俺たちはもう止まらない。


「えっちどころか妄想すら出来ないこんな世界、自分ごと消滅したって痛くも痒くもないね!」

「血を流すというのは即ち、生の感情が迸る瞬間。

 それを暴力の一言で片づけるというのなら、ボクは死んでも抵抗します!」


 決して揺るがない意思を口にするはんぺんと玉露。

 そして俺も――


「ルーナ。出来れば手荒な真似はしたくなかったが……

 こうなった以上、仕方がない」

「ぎ、銀さんまで?」

「いいか、ルーナ。

 俺たちは現世で散々苦しんだ挙句、ここに来た。

 現世での苦しみを繰り返したくない、それは確かに事実。

 だが――全ての苦しみを取り払ってしまうのは、絶対に違う。

 夜の冷たさを知らなければ、昼の暖かさをありがたいと感じることもないように――

 ストレスを知らなければ、ストレスフリーのスローライフの喜びを享受することも出来ないからだ!」


 俺がそう叫び、天使への反抗の意思を示したその瞬間――

 澄み切った青空に、突然光が満ちた。



 あまりの眩しさに、思わず目を背ける俺たち。

 もう一度目を開いた時、眼前に浮かんでいたのは――

 輝くような紅の髪を風に靡かせた、金色の瞳の女性だった。

 着物は何故か、きらびやかな金糸の縁取りがされた真っ赤な花魁衣装。

 頭からは立派な双対の角が天に向かって伸びている。そこらの獣の角なんかじゃない、ドラゴンの角だ。

 ルーナと同じ天使かと思ったが、纏うオーラがまるで違う。

 こいつはただの天使じゃない。まさか、彼女は――


 一瞬身構えた俺に、彼女はにっこり微笑んだ。

 まさに天使の笑み――いや、これは。


「そうですね、銀さん。

 ワタシ、天使じゃありません。女神ですから!」


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