第7話 そこ飛ばすアニメは問答無用で1話切り

 

 僕ははんぺん。女の子が大大大好きな、超絶有能サラリーマンだよ♪

 ひょんなことから同僚の銀ちゃんや後輩の玉露君と一緒に異世界転生しちゃって、これからは深夜残業に悩まされることもなく、可愛い女の子たちと酒池肉林えっち三昧の夢の日々!!


 ……と、思っていたんだけど。

 僕は今、たった一人で引きこもっている。

 何故かと言うと……



 お姫様を救出して、ごほうびに一夜を共にしようとしたら、どういうわけか僕の時間は飛ばされた。

 空術なる謎の術によって。

 それ以降も――


 ***


 とある洞窟攻略中。

「いやー!! 鉄サソリがあたしの服を引きちぎりかけてっ……助けてー!!」

「わーい、どこからか可愛らしい犬耳少女の悲鳴が!! 

 勇者の僕が今行くよっ、ついでに是非ともその引きちぎられた姿を見せ」




 鉄サソリの居場所に到着し、犬耳少女のあられもない姿が眼前に!!

 ――と思った瞬間。

 空術発動により、僕とその犬耳少女はいつの間にか街に戻っていた。当然彼女の服は完璧に修復され、どこも破れていない。

 しかもお礼のチッスをされた直後らしかったけど、僕はその感触を全く覚えていないというありさま。




 またある時は。

「イヤァアアァ! スライムのせいで私の修道服が溶けっ……た、助けてー!!!」

「わぉー、どこからか素敵なシスターちゃんの絶叫が!! こういうのってボロボロな上にぐっしょぐしょに濡れて透けた胸がサイコーにえっちなんだよね、早速そのぐしょ濡れの姿を」




 スライムの居場所に到着したと同時に、空術発動により、僕とシスターちゃんはいつの間にか街に以下略。

 当然彼女の服は完璧に以下略。




 またある時は。

「い、いやぁああぁあー!!

 温泉に、女性専用温泉にゴブリンの群れがぁー! 助けてー!!」

「よ、よぉし! 温泉だしきっとみんな裸だよね、今度こそめくるめく酒池肉林の女体盛りが」




 裸のハの字どころかゴブリンの群れを見ることすらないまま、空術発動により以下略。

 当然美女の方々は全員ちゃんと浴衣を着て以下略。

 しかもその後あったであろう、勇者をもてなす夜の宴会さえも、空術で飛ばされてしまった。

 ちちちち畜生! 酔っぱらって浴衣をちょっとはだける美女の太もも見るぐらいいいじゃないか!!

 さらに夜更けに何があったかって? 全部飛ばされたに決まってるだろ!!

 僕は何もしてないのに、何故かみんな満足そうに頬赤らめて……うぅ……




 またある時などは。

「いやぁああぁ! ご、ゴーストが、ゴーストに私の一張羅が引き裂かれてぇえ……っ!!!」

「うぅ……女の子の悲鳴……

 今度こそ、今度こそ……!!」


 一縷の望みを抱いて駆け付けたら、そこにいたのは、僕の身長の2倍ぐらいあるオークだった。

 女の子を襲っているのが、ではない。助けを待っていたのが、である。

 猪が二本足で立って腰布を巻きつけているようにしか見えない、体毛が蛍光ピンクだから何とかメスかなと判別出来るそのオークが……

 どういうわけか、手のひらサイズのゴーストにビビり、甲高い悲鳴を上げている。ていうかその図体で悲鳴だけはやたら可愛い女の子って詐欺だよね。

 僕が一瞬でゴーストをやっつけると、そのオークは滂沱の涙を流しながら僕を抱きしめ――




 全てが終わった後、僕は壊れた。

 壊れたまま、傍らの駄ウサギに尋ねていたような気がする。


「ねぇルーナちゃん」

「何ですかはんぺんさん」

「何であの時だけ空術発動しなかったの」

「発動したじゃないですか、今。7行ほど前を見て下さいよ」

「今発動したって意味ないでしょっ!!

 しかもこっちの世界のオーク、生殖方法がオスとメスで人間とは逆だなんて知らなかったよっ!! そもそもオスとメスって、子供を産む方をメスって定義するんじゃないの!?」

「だから、この世界のオークの女性はオスにピーをピー××することで妊娠するんですよ。

 異世界なんだからそれぐらいの差は我慢してください」

「できるわけないでしょ! おかげで僕がどんな地獄を見たと思ってんの!?」

「一応、一番危ないところはギリでホントに空術発動しましたよ。それでいいじゃないですか」

「良くないよっ!! お尻の痛みだけは何故かちゃんと残っt」

「あぁ、それ以上言っちゃ駄目ですってば!!」


 見るに見かねたのか、たまたまそばにいた玉露君も僕に加勢してくれた。


「さすがにあんまりですよ、ルーナさん。

 ボクは女性の裸自体にはそこまで興味ないですけど、あまりにもドレスブレイクをカットしすぎです!」

「そーだそーだ! ドレスブレイクこそ男のロマン、名だたる少年漫画には全部そういうシーンがあるでしょ!?」

「鎧を破壊されても、変身を解除されても、服を切り裂かれても、それでも勇気を振り絞って戦うからこそ魔法少女は魅力的なんですよ! それを分かれ!!」

「そーだそーだ!! そのついでに見えるパンチラと胸チラとヘソチラがサイコーなんだろうが!!

 そーいうラッキースケベこそが勇者にとってのご褒美でしょ!? それが異世界転生の醍醐味でしょー!??」


 ギャースカ喚く僕ら二人に、げんなりとウサ耳を垂らしながら、ルーナちゃんは懐からスケッチブックを取り出した。


「あぁもう、しょーがないですねぇ……

 じゃあとりあえず、コレで我慢してくださいよ」


 いかにも面倒そうに、彼女がサラサラと描いて寄こしたのは――


「……何コレ? 幼稚園児の落書き?」

「手足みたいなのは辛うじて分かりますけど、真ん中の二つのゴムボールっぽいの、何ですか?」

「このゴルゴンみたいなの、まさか顔とか言わないよね?」


 口々に言い放つ僕らに、彼女はいきなりぴーんとウサ耳を立てて怒り出した。


「あーもー、お二人があまりにうるさいから、せっかく描いてあげたんじゃないですか!

 あられもない女性の姿を!!」


 そう主張する彼女に、僕らは呆気に取られてしまった。

 え、じゃあナニ? やたら大きな頭に、顔の半分以上を占める大きな目。笑みの形に異様に広がった逆三角の口。頭身に対して長さのバランスがおかしい上に、どう見ても複雑骨折しているようにしか見えない手足。これが人の身体だとでも言うのか? 

 強弱もへったくれもない均一な線で描かれたこの二つのゴムボールはまさか胸? 柔らかさのやの字もない上に、真ん中の一番大事な部分が何も描かれてないじゃんか!!


 気づくと僕はブッチギレていた。

「ムキー!!

 これが女体だって言うなら、そのへんの机の方がまだ丸みがあってよっぽど女体だよぉお!! こんなただの炭の筋に何をコーフンしろって言うのさ!!?」


 玉露君も遂にキレて、その本性を剥き出しにする。

「そもそも、ナニ勘違いしてんだテメェ……

 いきなりマッパでコーフンして許されるのは小学生までなんだよボケがぁ!!」

「へ、へ? 玉露さん、どうしちゃったの!?」

「マッパがコーフンするのはそれを覆い隠す服があってこそなんだよ!

 最初からマッパで転がってたところで俺にはただのわいせつ物陳列罪だこの犯罪者が!!」


 唖然とする駄天使に、僕もやんやと囃し立てた。

「そーだそーだ服よこせー! エロく引きちぎる為のボロコスよこせー!!

 なんならルーナちゃん、この際キミでもいいや! キミって喋らなければそこそこカワイi」

「ひ、ひえぇええぇ~!!!」




 いきり立った僕らがルーナちゃんに襲いかかろうとした瞬間、またもやこうして空術が発動。

 僕は何も出来ないまま、用意された自室に一人きりで戻されていた……

 というわけで冒頭に戻る。


「ううう……こうなったらもう、仕方がないよね。

 自分で……何とかするしか……」


 僕は半泣きになりながらスマホを取り出す。

 もう通話は出来ないけど、お宝画像が山ほど入っている、命より大切なスマホを




「……へ?

 な、ナニ? 何が起こったの?」

 その瞬間、僕は気づいてしまった。

 こんなところでも、空術が発動してしまったことに。

 スマホには何も映っていない。だからといって、お宝画像が知らない間に削除されていたなんてド鬱展開もない。

 でも、気づいてしまった。


「空術発動で……

 僕は……僕は……

 ままま、満足しちゃったことになってるー!!!???」


 分かってしまったんだ。満足してないけど、僕は満足してしまってる。

 満たされてないのに、満たされたことになってる。

 その証拠に、スマホの画像をもう一度見ようという気持ちにならない!

 こんなの嫌だ。何で。どうして。

 空術が、ここまで恐ろしいものだったなんて。


「僕、自分でストレス処理することすら出来ないの?

 みんなが僕の知らないところで満足してるのに、どーして僕だけ満たされないの!?

 どーして満たされないのに満たされたことになるんだ、おかしいよ! 

 みんなが満たされたのなら、その感覚だけでも僕に分けてくれたっていいだろー!?」


 この前のオークの如くボロボロ泣きながら、一人でジタバタ喚く僕。


「なんでぇ、なんでだよー!? ムキャー!!

 つーか、前回の玉露君はこっそり出来てたっぽい描写あったじゃん!!

 何で玉露君は許されて、僕は駄目なの!?

 贔屓だ、贔屓! ヒ・イ・キ!!」


 自分でも分かったけど、完全にぶっ壊れかかっていた。


「ヒイキ、ヒギ、ヒガ……

 ノガガガガガガガガガガ」

「は、はんぺん!?」


 ちょうどそこにやってきたのは、銀ちゃんだった。


「おい、しっかりしろ! はんぺん!!」

「ノギギギ、ゴガ、ガガガガガゲゲゲゲゲゲゲゲゲガグアゲゴアガガガガ」

「はんぺん! クソ、こうなったら仕方ない……っ!!」


 目から血の涙、口からは煙、髪は一瞬で総白髪、喉から出る叫びは最早人間のソレではない。

 そんな僕を、銀ちゃんは思いきりべしべしべしべし、往復ビンタする。


「う、うぅ……はっ!!? ぎ、銀ちゃん!?」


 容赦ない全力ビンタで頬骨が砕けそうになりつつも、それでも僕は何とか正気を取り戻した。

 銀ちゃんは肩を落としながらも、僕を慰めてくれる。


「玉露も相当だったが、お前がまさかこんなことになっていたとはな。

 ルーナが襲われかかったと聞いた時は驚いたが」

「……そっか。

 襲われ『かかった』ってことは、彼女は無事だったんだね。

 あのクソ術が発動すると、それすらよく分からなくなっちゃうから」

「すまん、はんぺん。前回玉露のところに行ってから、しばらく王の仕事が忙しくて間が空いてしまってな。

 その間に、お前と玉露があの駄天使を襲うとは。

 よくやっ……じゃない、お前らにも選ぶ権利が……でもなくて、それほど追いつめられ……これも違う」


 言い方を考えあぐねている銀ちゃんに、僕はぽつりと呟く。


「そういえば、王になったんだってね。銀ちゃんは……

 でも、この無間地獄で王になってどうするの? 閻魔様にでもなるの?」


 自分を慰めることすら出来ないこんな世界。希望なんかどこにあるんだ。

 僕は童貞のまま、死ぬまで一瞬たりとも女の子の裸を拝めず、それどころか女体で妄想することすら――


 ショックのあまり一瞬で腹の肉がごっそり削げ落ち、別人の如くすっかり頬のこけた僕。

 でも、そんな僕の背中を、銀ちゃんはぽんぽん叩いてくれた。


「そう拗ねるなよ。

 そのことで、ちょっとお前と玉露と協力してやってみたい仕事があるんだ。

 一緒に来ないか?」

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