第6話 玉露の中に立つ『柱』




 ──ボクは玉露と言います。

 ひょんなことから、銀センパイたちと一緒に、この異世界『ウナロ』に転生しました。

 異世界といえば、めくるめく無双。強力な武器や術を手に、敵を容赦なくバッタバッタとなぎ倒していく、血わき肉躍る世界。


 ──そう思っていた時期が、ボクにもありました。

 でも、この異世界『ウナロ』は、違ったんです。


 ボクの大好きな血しぶきは、この世界では一切見られません。

 戦闘をしても、その戦いそのものは空術なる謎の術で飛ばされてしまい。

 ボクらが勝ったという結果しか残らない。

 そもそも、他者を傷つけるような武器は、この世界には存在しない。

 剣で肉を斬る熱い手ごたえも、槍を引き抜いた時に噴き出す真っ赤な飛沫も、内臓を殴打した時に喉から漏れる苦痛に満ちた呻きも、全身を握りつぶされた瞬間に骨がバキバキ砕ける音も、それに伴う絶叫も──

 分厚い鎧や盾が呆気なく破壊されて変身が解除されることも、清潔な衣が無惨に引き剥がされて素肌が見え隠れすることも──ない。



 それが当たり前だ。それが普通の世界だと、だいたいの人は思うでしょう。

 誰かが傷つくようなシーンは、出来れば見たくないのが普通。それを好むお前が普通じゃないんだと。

 分かっています。ボクは昔からこうなんです。

 普通じゃないのはボクの方。



 昔から──

 キャラが痛めつけられたり、苦しんだり、傷ついたりする場面が、ボクは何故か好きでした。

 その感覚が普通じゃないと分かってきたのは、つい最近のことです。

 漫画やアニメのあのシーンが良かった、このシーンが良かったと、友達と言い合っていると、何故かすごく変な顔をされ。

 そのうちその友達からは、連絡が来なくなり。

 ネットで感想を見ていても、ボクがいいと思ったシーンは、大抵ドン引きする人がいました。

 というか、ドン引きする人の方が多かったです。



 あのはんぺんさんにすら、言われました。

「玉露君! 女の子は傷つけるものじゃなく、愛撫して楽しむもんだよ!

 女の子の肌が血で汚れると、さすがに引いちゃう! 萎えちゃう!!

 でも、ドレスブレイクがサイコーなのは全面同意!! いきなりすっぽんぽんにするんじゃなくて、ちょっとずつ引きちぎられて見えそで見えないぐらいになるレベルが一番イイよね!

 真っ赤になって破れた布地引っ張って大事なトコ隠そうとしてさらに見えそうになるのってマジサイキョー! あとはずぶ濡れにして透けた肌と下着をガン見s



 ボクの頭の中ですらはんぺんさんが暴走しかけているので以下略。



 とにかく。

 ボクは普通じゃない。それは分かっています。

 ボクの言う、血わき肉躍るの意味。その言葉のボクなりの解釈と、本来の意味が根本的に違ってることも分かってます。



 ──でも。

 そんなに、いけないことでしょうか。



 キャラの表情が苦痛に歪む瞬間というのは、そのキャラの本当の感情が溢れ出る瞬間でもある。

 普段冷静なキャラが、痛みによって思わず絶叫する。

 普段勝気なキャラが、苦しみのあまり悲鳴を上げ、助けを求める。

 普段弱気なキャラが、傷つけられたことによって逆に激昂する。

 追いつめられた時だからこそ見える、そんな『生』の感情。

 迸る血と共に、胸の奥底から溢れ出る、本心。

 それが見たいから、ボクは──!!



「分かる。分かるぞ、玉露」

「えっ!? 銀センパイ?!」



 ふと顔を上げると。

 一人で部屋にひきこもっていたはずのボクの元へ、銀センパイが来てくれていた。

 ついでにルーナさんも。

「ツッコミ役がそろそろ必要かと思いまして……

 玉露さんの一人語り、かなりギリギリの線で正直ハラハラでしたよ。

 人は見かけによらないとは、まさにこのことですねぇ」



 銀センパイはこの世界でも空術を駆使して大活躍し、王にまでなったと聞いた。

 そのセンパイが、どうして、引きこもってしまったボクのところに?



「お前らが心配になったのと、やりたいことがあってな。

 ちょっと誘いに来た」

「センパイ……」

「お前の気持ち、ずっと聞いていた。

 俺には残念ながら、お前と同じような趣味はないが……

 それでも、気持ちはよく分かる」

「えっ?」


 センパイは淡々としながらも、いつものようにボクを諭してくれる。


「俺たちは普段、感情を殺して生きていることが多い。

 どんなに辛くても苦しくても、平然としていなきゃならない状況もかなりある。特に俺たちはブラック企業勤めだったんだから、尚更だ。

 だからこそ人の、隠されてきた感情が露わになる瞬間に、より強く心惹かれるのかも知れないな」

「センパァイ……う、うぅ……!」


 あぁ。センパイはやっぱり、王の器を持った人だ。

 こんなボクでも、ちゃんと分かってくれる。


「お前は確かに、血しぶきが好きだが。

 現実に、他人を殺傷したりしたことはないだろう?」

「当たり前です。

 特殊な性癖を持っていても、他人を物理的に傷つけた経験はありません。

 現実で隣にいる人に血を流させて楽しみたいなんて、考えたこともありませんよ」

「どうしてだと思う?」

「どうしてって……

 いや、そりゃ……そんなこと当たり前ですよね?」

「それを当たり前と認識しているなら、大丈夫だ」


 センパイはボクの肩を叩きながら、全力で励ましてくれた。


「玉露。お前のその感覚は、普通とはちょっと違うかも知れないが。

 決して卑下するようなものじゃない。

 人がお前の趣味を理解出来なくても、気にすることはない。お前だって例えば、スキューバダイビングを趣味にしている人間のことは、よく分からないだろう?」

「それは、確かに……」

「俺には血しぶきもダイビングも両方、同じくらいよく分からん。

 要するにお前は、ちょっと趣味が理解しづらいだけの、ごく普通の後輩なんだよ。

 俺にとってはな」

「せ……センパイ!!」


 思わずぎゅっと、センパイに抱きついてしまうボク。

 その時懐から、ずっと持っていたスマホが転がり落ちた。

 現世とは通じなくなってしまったけれど、大切な宝物がたくさん詰まった、スマホが。

 たまたまそばにいたルーナさんが、ふとそのスマホを拾い上げる。


「あれ?

 玉露さん。これって……」

「あぁっ!

 ルーナさん、ちょっと、それは……!!」


 ボクは慌てて彼女の手からスマホを取り戻そうとしたが、遅かった。

 もう彼女は、ボクの一番大事にしていた画像を見て、真っ青に──

 いや、何の画像かすらも理解出来ないようで、首を傾げている。


「えぇと……随分前衛的な絵ですねぇ。

 気持ち悪いドドメ色の渦巻きの中に、何かが浮いて……

 これ、女の子の顔? ところどころに見えるこの肌色の部分は何ですか? 

 ちょいちょい覗いているボロきれみたいな布も気になりますし」


 すっとぼけてんじゃねぇよこのクソウサギ。

 そもそもテメェのせいで、オレたちゃこんな目に遭わされてんだろうが──


 そんな言葉が脳裏で響き。

 ボクの中で、何かがキレた。


「渦巻きに見えるの、全部触手です」

「へっ?!」

「ボロ布は元々、変身後のコスチュームの一部です。スカートが引きちぎれかかっているこの瞬間が一番」

「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください玉露さん! それ以上言っちゃ駄目!

 何だかよく分かりませんが、それ以上貴方が何かを言葉にしたらそれだけで世界の危機な気がします!!」


 案の定、うさ耳をぴーんとおっ立てて、スマホを放り出して腰を抜かすルーナさん。

 そしてスマホの画像は、センパイの視界にも入ってしまう。


「……!!

 こ、これは……おい、玉露?

 ここまでのものだとは、聞いてなかったぞ?」


 一気に眉を顰めて、ボクを見るセンパイ。


「まぁ、そうなりますよね。

 ボクだって現世にいた時は、さすがにその画像のレベルになるとドン引きでしたから」

「そ、そうだったよな……

 しかし、じゃあ何故?」

「この世界に来て、血しぶきの一切が見られなくなって。

 ボクはスマホに残っていた画像で、命を繋ぐしかありませんでした。

 抑圧された感情は、より過激な情報を求めて──

 今ではこういう画像が、最高峰と感じるようになってしまったんですよ」

「そ……そんな……!!」


 震えながらスマホを見つめるセンパイ。その目の前で、ボクは自分から画像を手繰る。


「ほら。こんなものもありますよ?」

「……?? これは、一体なんだ? 人間知恵の輪?

 さっきの画像と同じ女性キャラが……触手に……うーん?」


 眉間に寄った皺をさらに深くして画像を凝視するセンパイ。

 ついでにルーナさんも、性懲りもなく覗き込んでくる。


「なんか……この部分、肌色が不自然にすごく盛り上がってて……

 滅茶苦茶イヤーな予感するんですけど?」

「あぁ。それ、鉄柱です」

「「て……

 ててててててててて、て、て、て、てっ、てっ、て!!!????」」



 二人とも、「柱」までろくに発音出来ず。

 ルーナさんに至っては、泡を吹いて目を回してどたんと気絶してしまった。



「あぁ、よく分からないなら、もうちょっと説明しますとね」

「駄目だ玉露!!

 この世界でそれ以上この画像を詳しく説明すれば、それだけで俺たちも世界も消滅するぞ!!!」



 そうセンパイに怒鳴られ──

 遂にボクの理性はぶん投げられた。



「だから、何でですか!?

 現世を思い出してくださいよ、あの超名作アニメ『ナ〇シカ』で一番感動したところって、間違いなくヒロインが傷口を毒沼に突っ込んで絶叫するあのシーンですよね!!?」

「いや、俺はフツーにヒロイン復活のラストだから!」

「あの漫画の王様が描いた名作だって、少年少女の四肢吹っ飛んだり水責めに市中引きずり回しに顔の皮剥ぎは当たり前、挙句の果てにヒロインが原子レベルで溶解するまでビーム撃t」

「時代と状況考えろ馬鹿!」

「時代って言うなら、じゃあ最近大流行の『鬼松の剣』は何なんですか!?

 今や老若男女みんな知ってますけど、あれだって初っ端から家族惨殺、その後も延々未成年虐待に惨殺に四肢欠s」

「時と場合によるだろ!」

「要するにボクが何を言いたいかっていうとですよ!

 古今東西、名作と言われる物語には! 必ず!

 そういうシーンがあるんですよぉおおおぉ!!!」

「時と!

 場合に!!

 よるだろぉおおおお!!!」




 その夜は延々と──

 センパイの心からの怒号と悲鳴と絶叫が、ボクの胸に心地よく響き渡った。




 ***



 はんぺん「君らが何言ってるのか分からないな。

 ナ〇シカで一番の名シーンって言ったら原作版でしょ。ヒロインが無理矢理服引きちぎられてそのままずっと半r」

 銀「駄目だこいつら早く何とかしないと」




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