第5話 超爆速のスローライフ
ルーナから驚愕の事実を突きつけられ、数日後。
他2名はともかく俺はといえば、とりあえずこの世界での生活に慣れ始めていた。
ギルドに行ってはとりあえず依頼を片付け、街の人間から称賛を受ける。その繰り返し。
例えばこんな風に。
「銀さん、街の人たちめっちゃ飢えてるらしいですよ」
「パンがあるだろ。いつも街に漂ってるあの香りはパンじゃないのか」
「あれは街の雰囲気づくりの為だけのもので、本当にパンを焼いてるわけじゃないんですよ」
最早ごまかす素振りすらせず開き直るルーナ。この駄天使の態度もそろそろ慣れてきた。
「小麦畑が広がっているが」
「雰囲気づくりですから。この世界に、小麦を収穫したりパンを作ったりできる人間がいるとお思いで?」
「どうやって植えたんだ」
「雰囲気づくりですから」
もう突っ込むのも野暮だな。
「仕方ない、まずは小麦を収穫しよう。
とはいえ、俺だってそんな知識があるわけじゃ……」
「そんな時こそ、この空術の出番です!」
気が付くと俺の眼前には、畑で収穫した小麦袋が山と積まれていた。
「……なぁ、ルーナ。
今どきゲームだって、土を耕して種を植えたり水をやったり肥料を撒いたり収穫に精を出したりの手間が」
「そういうのは全部ストレス要因ですから」
「……。
まぁいいや。とりあえずこの小麦を使ってパンを焼」
気が付くと俺の眼前には、立派な石造りのパン焼き窯が出来ていた。
「なぁ、ルーナ。
せめてレンガや土を集めて窯を作るとかそういう」
「そういうのは全てストレス要因ですから」
「…………。
と、とにかく火を入れてパンを焼こうか。
とはいえ俺も、どうやって小麦を粉にして生地を作ってパンを焼けばいいか、具体的な知識は」
気が付くと俺の眼前には、綺麗なコッペパンが山ほど出来上がっていた。
ウサ耳をぴんと立てて無邪気に喜ぶルーナ。
「うーん、やっぱりさすがは銀さんの空術ですね!
あっという間にパン工場の出来上がりです!!」
「もはや空白行が6行ですらなくなったんだが。
せめてスマホでパン作りの方法調べるとかそういうのは」
「あ、そういえば銀さん、こんな依頼も来てますよ!
パンだけじゃなく肉も食べたいって!」
「仕方ないな。牧場を……」
気が付くと俺は立派な牧草地の真ん中で、大量の牛と豚と鶏、ついでに羊に囲まれていた。
「……なぁ。こいつらどっから湧いて出たの?」
そんな俺の疑問はどこ吹く風、ルーナはぴょんぴょん跳ねて大はしゃぎ。
「わぁ、やっぱりさすが銀さん!
これで依頼通りの肉料理が作れますね!!」
「いや、家畜の屠殺方法なんて俺は知らな」
気が付くと俺は、ハンバーグと親子丼が名物の食堂を開いていた。
ついでに言うと、羊から取れた毛を利用して服屋まで。
町中の人間が大喜びで店に駆け込んでくる。
「ちょっと待ていくら何でも過程を飛ばしすぎじゃないか」
「さっすが銀さん、店長の才能まであったんですね!
あっという間に街一番のレストランとブティックを作っちゃうなんて!!」
「街唯一なら街一番になるのは当然なんだが」
「あ、大変です銀さん!
牧場がモンスターに襲われてるみたいですよ!」
「くっ……
仕方ない。行くか」
気が付くと俺はモンスターの群れを一網打尽にしていた。
俺のあまりの強さに、尻尾を巻いて逃げ出していくオークたちの群れ。
とはいえ、行を空けているだけのこの術がそこまで強いのか。いまいち実感がわかない。
戦いだけじゃない。パン作りも、家畜の世話も、工場の設置もレストランも──
「銀さん銀さん」
「何だ駄ウサギ」
「これだけやることが多くなると、さすがに銀さんだけじゃ手が回らなくなっちゃいませんか?」
「確かにそうだな。
というか、他の二人はどこ行った」
「はんぺんさんも玉露さんも、何故か引きこもったままです。
一体何がご不満なんでしょうか。このストレスフリーの世界に……」
不思議そうに首を傾げるルーナ。
しかし当然だろう。ドスケベを摂取しないと死ぬはんぺんと、血しぶきを摂取しないと死ぬ玉露のことだ。
今無理矢理奴らの部屋へ突撃すれば、それこそ一瞬で世界が崩壊するに違いない。
「ま、役立たずの二人はとりあえず放っておきましょ♪
街中からバイトを雇ってみてはどうですか?
銀さんの培った技術を教えて、かわりにお仕事をやってもらうんです!」
「なるほど。
とはいえ、俺がやったのは空術だぞ? パン作りもレストラン経営もモンスターの戦い方も、教えられるわけが」
気がつくと俺の周りでは、大勢の住民がパン作りにウェイトレスにモンスター退治に励んでいた。
ついでに言うと、殆どが可愛らしい女の子。男や老人は大体家畜小屋の掃除やら小麦の倉庫番やら、目立たない裏方作業に回されている。
はんぺんなら喜びそうな男女比率だが、俺はどうもこういういびつさは好かない。
そして、俺の教え方が(教えた覚えがないが)異様に上手かったのか、住民が超優秀なのかは分からないが。
従業員として雇った住民たちは、ミスらしいミスをすることが殆どなかった。
先日まで、ドアを開ける方法すら知らなかったんじゃないのかこいつら。
そして俺はさらに農地を開拓して畑を増やし、水道を整備して風呂やトイレを発明し、海を切り開いて漁港を建造し、山を切り開いて鉱山を開発し。
そのたびに周辺のモンスターたちから攻められたが、そのたびに撃退し。
どっから湧いたか分からん他国から攻められもしたが、そのたびに撃退し。
そのたびにルーナや住民たちに称賛され──
俺が何をやっても、物事は全てとんとん拍子に進み。
俺が何をやっても、ストレスのたまる出来事は殆ど起こらなかった。
そして1か月後。
気が付くと俺は、この大陸を統べる王になっていた。
豪勢な金ぴかの玉座に腰を下ろしながら、俺はそばに控えるルーナにふと漏らす。
「何だコレ」
ルーナはやはり不思議そうに首を傾げるばかりだ。
「何だと申されましても。
ストレスフリーの世界を望んだのは、銀さん。貴方ですよ」
「確かに生前の俺は、超ブラック企業でストレスまみれの日々を送っていた。
だが、こうなってみて初めて分かったよ。
俺は──ストレスに飢えている」
「へ?」
「ストレスフリーの世界が、そのまま俺のストレスになってるんだ。
分かるか、ルーナ。俺の言ってる意味が」
「さっぱり分かりません」
「確かにストレスフリーの世界は心地いい。
だがそれも、最初の数日だけだ。困難もなく達成できる仕事、苦労せずに打ち勝ってしまえる難敵。何も成し遂げていないのに、浴びせられるだけ浴びせられる称賛。
これらは全て──
俺にとっては虚無。そう、空白によって作られた虚無でしかないんだ」
「そ、それはそうですけど。
でも、空術はそういう術なんですから、仕方ないじゃないですか」
そんなルーナに、俺は両腕を振り回しながら力説せずにいられない。
「ストレスというのは、必ずしも悪いものじゃない。
ストレスは張り合いでもあるし、成長の糧ともなりうるものだ。勿論、現実世界みたいな過度なストレスは俺だってイヤだが──
張り合いのない人生がつまらないのは、当たり前だろう?」
そんな俺に、ルーナはさもがっかりしたかのように肩を落とした。ウサ耳の片方がちょっと垂れている。
「銀さん、いいですか。
貴方がストレスを溜めてしまうような行動をすれば、この世界は徐々にエネルギーを失っていきます」
「……えっ?」
「玉露さんがお望みの、出血を伴う残酷なバトル。
はんぺんさんがお望みの、えっちな行為。
この二つは、一発でこの世界が消滅してしまう危険行為ですが──
銀さん。貴方が望むストレス過多な行動も、それとほぼ同じなんですよ」
「い、一体何故だ。
何故俺がストレスを溜めるとこの世界が消滅する? というか俺、この状況が結構なストレスなんだが?」
「えっちや血しぶきと違って、神様の手で積極的に消滅させられるということはあまりないんですが。
銀さんがストレスを溜めるたび、この世界は光を失い、力を失い。
やがて神様からも見捨てられ、結果的に消滅することになってしまうんです」
「なん……だと……?」
わけが分からない。
つまり、この世界はストレスの溜まらない世界ではなく、ストレスを溜めてはいけない世界。
ストレスはえっちや血しぶきも同然。一発アウトでないだけありがたいと思え。
そういうことか。
「そのせいで、俺はストレスが溜まっていく。
そんな状況があっていいのか。お前はそれでいいのか、ルーナ?」
「メンドクサイ王様だなぁ。
そんなこと言ったってぇ、どーしようもないじゃないですかぁ」
心底面倒そうに鼻をほじる駄ウサギ。俺の最大の敵はこいつかも知れん。
「俺がストレスを溜めれば、それだけこの世界の寿命は縮まる。そういうことだろ?
だったら、この矛盾しまくった状況が続いてしまうのも良くないんじゃないのか?」
「まぁ、そりゃそうですけど……」
俺に思いきり睨まれ、さすがに申し訳なさを感じたのか。
ギルド経由で来た山ほどの依頼書を、適当にめくり始めるルーナ。
そして。
「あ。銀さん、こういうのどうです?」
「何? どれどれ……
漁港で大量の触手モンスターが発生。見ているだけで超絶キモイ上、好き放題女性に絡みつく為何とかしてください、か」
「見ているだけでキモイなら、戦えばかなりのストレスが期待できるんじゃないですか?」
「例えそれが空術であっても、か。
──よし、行ってみるか」
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