第2話 開く扉(まんま)



「ねぇ、スキルは?

 異世界に転生したのなら、僕ら何かスキルつくんじゃないの?」


 ゲート通過中。

 はんぺんがふと、ルーナに尋ねた。


 手にした謎の分厚い本をパラパラめくりながら考える駄目ウサ……もとい駄天使。


「スキル選択ですかぁ。

 そういうの、私はやらないことにしてるんです」

「へ?」

「まぁ、お望みであればオプションでつけることも可能ですよ。即死スキルだの時間停止スキルだのレベルMAX余裕スキルだの色々ありますが、どれがいいですか?」

「選べるのそれ?」

「スキルって確か、ドジっ娘神様とかのせいで勝手に付与されるものじゃないんですか?」


 不思議がるはんぺんに玉露。ルーナは本を眺めながら面倒げにため息をついた。


「はぁ~テンプレといっても色々面倒ですからねぇ。

 とりあえず原則皆さん、最強ってことにしてます」

「何その雑な扱い」


 ルーナは懐から取り出したポテチをつまみながら、異世界への扉を開く。

 雑な案内もあったものだ。


「最近、異世界転生者はホント数が多くてね。ぶっちゃけ考えるのすら面倒なんですよ。

 しかも、とりあえず最強ってだけじゃご不満なかたがすごく多くて──

 もうちょっと捻ったレアスキルが欲しいとか、逆に最弱にして後から覚醒させてくれーとか、絶対役に立たなさそうなスキルだけ最強にしてくれー、なんてかたもいらっしゃる。

 知り合いの天使が頭抱えてたのが、右手小指の爪を一気に10メートル伸ばせるスキルだけくれ、他は全部最弱で!なんつーとんでもないケースですね。

 俺は最強チートなんか使いませんー、最弱でも最強になってみせまーす、みたいな逆張りが一番面倒なんだっつーの、ペッ」

「今唾吐いた? まさか天使が唾吐いたの?」

「だから私の担当の時は、一律色々最強ってことにしてるんです。それで勘弁してもらえませんかね」


 そんな決め方で大丈夫か。

 俺たちは3人揃って、不安げに駄天使を見つめる。

 しかし最強でも何でも、俺はとりあえずストレスフリーな生活が出来るならそれでいい。

 そして遂に、ゲートの先の景色が見え──







「青い空! 広い海! 金色の麦畑!!」

「まばゆい草原! 深い森! そびえたつ山々!」

「麗しきレンガ造りの街! たっくさんの可愛い女の子ぉ~!!」


 まぁそんな感じの世界だった。

 目の前に広がる大通りには街路樹が整然と並び、小鳥たちがさえずり、両側には歴史あるレンガ造りの家。磨き抜かれた石畳。

 紅や橙や紺、色とりどりの民家の屋根が目に眩しい。大きな窓からは笑い声が響き、美味しそうな焼きたてパンの香りが──


 その時、不意にルーナが俺に囁いた。


「あぁ、銀さん銀さん、ちょっと」

「何だ」

「そういう細やかな背景描写はやめてもらえませんかね」

「は?」

「いいんですよ、ここは潔く『ナーロッパ風の街』で」

「な、なな、ナーロッパ? ヨーロッパじゃなく?」

「ヨーロッパ風の街と表現すると、突っ込みがうるさいんです。

 ヨーロッパとひとくくりにするな、イギリスかフランスかドイツかオランダかイタリアか、時代も古代ヘレニズムか中世封建社会かルネサンスか宗教改革か大航海時代かで全然違う、だいたいヨーロッパの歴史の何たるかを知らずに……だのなんだの。

 それに、そこそこの苦労を重ねて説明したところで、そんなもん誰も読んじゃくれませんよ」

「読む? 読むって何?」

「無駄に文字数が重なって疲れてストレスになるだけですから」

「文字数?」


 ルーナは慌てて口を噤み、両腕を振り回しながら力説した。

「あ……と、とにかく。

 銀さん。この世界はストレスフリーなんです。

 ストレスに繋がるようなことはありません。というか、あっちゃいけないんですよ」

「……?

 なんかよく分からんが、まぁいいや」


 やがてはんぺんと玉露が走って戻ってきた。

「銀ちゃーん!

 向こうに冒険者ギルドっぽいとこがあったよ! ムフフ、どんな案内嬢がいるんだろ?」

「異世界といえばギルドですよねセンパイ! 早速モンスター討伐に行きましょうよ!」

「確かに、この世界のチュートリアルとしてギルドはちょうどいいですね。行ってみましょうか」


 そんな二人と駄天使に連れられ、俺たちは冒険者ギルドの扉を開いた。

 すると、扉を開いたその瞬間。


「す、凄いです! 扉を、扉を開けられるなんて!!」

「この扉、300年は開かなかったはずなのに!!」

「で、伝説だ! 伝説の勇者に違いない!!」


 中にいた町人たちから、何故か一斉に歓声で迎えられる俺たち。

 その8割ほどが可愛らしい女の子。あとの2割はほぼモブ顔のヤローか老人だった。

 この状況、さすがにはんぺんも玉露も戸惑ってきょろきょろしてしまっていた。


「い、いやあの……僕、ドアノブ回して扉開けただけ……なんだけど?」


 そんなはんぺんの言葉を聞いて、女の子たちが飛び上がる。


「え、えぇええぇ!?

 ドアノブを回せば、扉って開けられたんですか!!?」

「凄い……これは世紀の大発明ですよ!

 さすが勇者様!!」

「まさかそんな発想に至るなんて……まさしく救世主様の御業だ!!」


 町人たちがわっと俺たちの周りに集まってくる。

 そして次から次へとドアに取りついてはドアノブを回し、本当に扉が開くことを確認しては喜び勇んで外へ飛び出していった。どうやら、特殊な封印が施されていて俺たちじゃなきゃ開けられなかった……なんてことではないらしい。嬉しくて何度も出入りを繰り返す奴もいるから、内側からだと開けられないということでもない。

 はんぺんも玉露もこの状況にすっかり怖気づき、俺にすがりついて震えていた。


「ねぇ銀ちゃん。ひょっとして僕ら、馬鹿にされてる?」

「ていうかこの人たち、今までどうやってここに出入りしてたんですかね……」


 そう思うのも無理はない。

 だって俺たちは何の変哲もない、握り玉式のドアノブを開けただけ──


「銀さん銀さん」

「何だ駄ウサギ」

「握り玉式なんて説明いりませんよ。

 ドアノブが握り玉式かレバー式かなんて、興味ある人いませんし。

 それに、握り玉式って言われてちゃんと実物を想定出来る人がどれだけいるかって話です」

「俺、心の声で何か言うの許されないの? そういう世界なの?」

「こ、これにはちゃんと重大な理由があるんです!

 後で説明しますから、今はとりあえず依頼を受けてみてください!」


 仕方ない。

 ルーナの強引さに負け、俺たちはギルド受付に向かった。

 可愛らしい猫耳の受付嬢から受け取った依頼は──




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