第137話

 「陽子、だと……?」


 仁内の動揺に、斗真も驚いて女を見た。

 山城の者たちがもつ独特な気配を、彼女からも同じように感じる。

 だが、この妙な違和感は何だろう?

 唯朝 陽子という人物は、亜樹が用意した山城の人間ではなかったのか?


 ――それにこの感じ、どこかで……


 「なんで……? だって死んだって……」


 仁内はやっとのことで口を開く。

 気持ちの整理がまだできていないまま、それでも必死に絞り出す。

 陽子は死んでしまったとずっと思っていた。

 それが今、彼女の声を聞いた。

 面で顔を隠していたって分かる。


 「陽子っ」


 仁内は声をあげた。

 けれど面の女はまるで聞こえていないかのように、和道の方へ向き直る。


 「朱飛を貰い受けに来た。彼女は私が連れ帰る」

 「えっ」


 彼女はさらっとそう言うと、当然のことのように小屋へと足を進めるが、斗真はそれをもちろん引き止める。


 「待て。朱飛は俺たちが連れ帰る。叔母上の命で来たのだろうが、素性の知れない者に大事な従兄妹は任せられない」

 「……」


 まるでその面をとって顔を見せろと言わんばかりに、斗真はきつく口を開いた。

 本当に仁内の言う通り陽子本人なのか、きちんと確認する必要がある。

 そうでなければ、灯乃にも何と言って伝えればいいのか分からないのだ。

 仁内も固唾を飲んで見守る。

 だが。


 「私が優先すべきはお前ではない。確かにお前は次期当主だが、今従うつもりはない」

 「何……っ」


 彼女はそう言い捨てると、斗真の制止も聞かず中へと入っていき、仁内はそれを追いかけた。

 斗真も止めようと近づくが、そんな時、和道が彼の腕を掴み引き止める。


 「和道さん……?」

 「亜樹が雄二の家を放火させたというのなら、一番の理由はおそらく陽子だ。陽子の存在を知られない為に燃やしたのだろう」

 「……知られない為? 誰に?」


 陽子はただ用意された山城の者、という訳ではやはりなさそうだが。

 斗真がそう思った時、和道がじっと自分の方を見据えてくるのに気づいた。

 その瞬間、斗真はドクドクと脈が速くなるのを感じた。


 「――え……?」


 *


 「待てっ、陽子!」


 能面の彼女が中へ入ると、間髪入れずに追ってきた仁内の叫び声が響き渡り、沈んでいた朱飛の顔が思わず上を向いた。

 顔が見えない女を目の前に、朱飛は警戒するかと思いきや、何故かホッとしたような様子で小さく呟く。


 「……上手くいったようですね」

 「朱飛、私と来い」

 「おいっ、陽子!」


 彼女達のボソボソとしたやりとりもお構いなしに、仁内は感情のままに怒鳴った。

 そこまではっきり名前を呼ばれると、もはや隠す気が失せたのか、能面の彼女は諦めたように仁内へため息を吐く。


 「私の声なんて、もう忘れていると思っていたのに。……仁」


 仁――彼女だけが呼ぶその名。

 女の口からそれが出てきたことで、仁内は体の中心がいっそう熱くなるのを感じた。

 彼女は間違いなく――陽子。


 「陽子……何で、死んだなんて……」

 「……できることなら、気づいて欲しくなかった」

 「何だよ、それ」


 仁内は陽子が生きていた驚きと喜びで、クラクラしながらもゆっくり近づき話しかけると、陽子がどこか哀しげな気配を漏らし、彼へ目を向けた。


 「仁――ごめん」


 その瞬間、陽子の両手からいくつものクナイが現れた。

 今目の前で、仁内に敵意を示すように構えた彼女。


 「……は? 何してんだよ……陽子……」

 「朱飛は、渡せない」


 陽子はそう告げると、すかさずクナイを仁内へと投げ放った。

 何とかそれを躱すも、彼は訳が分からないといった様子で叫んだ。


 「何でだよ! てめぇはババアの命令で来たんだろ? 何でそうなるんだよっ!」

 「答える義務はない。朱飛は私が連れて行く」

 「おいっ、陽子っ!!」


 再びたくさんのクナイが跳んできて、仁内が戦斧で弾くも、その隙に陽子は朱飛と共に外へ飛び去った。

 彼が目を向けた時にはもう、姿はない。


 「くそ……なんでだよ……」

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