第135話

 “それで三日鷺の言いなりに……”

 “たとえそれが作られたものであったとしても、私は欲しかった……春明様が……”


 朱飛はいつの間にか羞恥で顔を真っ赤にし、涙を滲ませながら掠れるような声でそう話した。

 斗真は返す言葉を失う。

 こんな彼女を見ると、はっきり間違っていると諭すことなどできなかった。

 時に、誰かを想う気持ちが理性を狂わせてしまうことを、斗真も身に染みて知っている。

 斗真だって灯乃を想うと体の方が先に動いてしまうし、命令してでも彼女を手に入れたいと思うことだって幾度となくある。

 融通の利かない厄介な感情なのだ。

 かといって、朱飛のすることを黙って見過ごす訳にはいかない。

 その悩みが顔に表れていたのか、仁内が近場に腰を下ろし、斗真にそっと訊ねた。 


 「てめぇ、朱飛を依代にしようとしていたのか?」


 二人の話を扉越しに聞いていたのか、仁内も複雑に顔を歪める。

 彼もまた、大切な人を優先する気持ちが痛いほど分かっている一人だ。

 すると斗真は首を横に振り、弱々しく答える。


 「いや、そうじゃない。逆だ。もし依代になりたくなくて三日鷺の言いなりになっているのだとしたら、その必要はないと言ってやるつもりだったんだ。朱飛を依代にするつもりはないと。そうすればあいつは俺たちに協力できるし、俺たちもあいつを助けられる、そう思ったんだが」


 理由は別にあった。


 「俺は、灯乃は勿論、星だって依代にはしたくないと思っている。でも……実際朱飛が依代になれるかもしれないと過ぎった時、凄く嫌だったんだ。結局俺は、誰も依代にしたくない」

 「でも、誰かは絶対犠牲になるんだ。俺はその誰かに、灯乃を選ばせさせねぇ」

 「お前は単純でいいな」

 「てめぇと違って、背負うもんがねぇからな。それに悔いなく選ぶなら、結局一番大事なもんになるんだ。迷うも何もねぇよ」


 仁内がそう言うと、斗真はその瞬間、気づかされるようにハッとした。

 それは当たり前のことなのに、忘れていたように思う。

 そうだ、どんなに悩んでも結局は一番大事なものにたどり着く。

 斗真にとって一番大事なもの、それはすぐに浮かび上がった。


 ――灯乃


 とにかく一生懸命で、自分のことより他人のことで頑張る少女。けれどすぐ失敗して落ち込んで、後ろ向きになって、目が離せない。

 彼女だけは自分が護りたい人。

 それが分かると、途端に清々しさが舞い込み、斗真はフッと小さく笑った。

 根本的な解決はしていないが、すっきりとした気持ちになる。


 「……そうだな。どのみち三日鷺から解放する優先順位は、灯乃が一番だ。お前と同じで、俺も……」

 「え……」

 「それに彼女と約束したんだ――必ず助ける、護ってみせると」


 それを口にした斗真は、とてもまっすぐで強い目をしていた。

 そんな彼に仁内は驚く。

 今までの斗真なら、誰より星花を優先していた筈だった。

 それが彼の口からこうもはっきり灯乃が一番だと聞かされるなんて。

 仁内は、チクリと胸を刺す痛みを覚えた。

 嫉妬心、というのだろうか、知らないうちに灯乃と約束したというのも気に入らない。


 「仁内?」

 「……ちっ、じゃあこれからどうすんだ? 朱飛のことは?」


 仁内は半ば苛立った様子で斗真に訊ねる。


 「朱飛はこのままつれて戻る。どんな結果になろうと、春明とは一度きちんと話し合った方がいいと思う。今後に関しては以前話した通り、欠片の回収と星の救出を考える。そして……」


 斗真はふっと顔を上げて、ある方に目を向けた。

 そこには、いつからいたのか山城の男が立っていた。


 「あなたの話を聞かせて欲しい。灯乃の……あなたの娘と幼馴染みの雄二について」


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