第134話
「――やっぱり、こんな夜遅くにかけるのは迷惑だったか……」
小屋の外で斗真は、携帯電話を握りしめて夜空を仰いだ。
灯乃はもう眠ってしまっていたのだろうか。
心細く思う斗真をまるで慰めるかのように、優しい風が彼の髪をそっと揺らした。
――俺は……何をしているのだろうか
ほんの少し気を抜くだけで、つい灯乃のことを考えてしまう。
彼女が心配というのもあるが、そんなことよりも彼女が傍にいないことが斗真自身に不安を与えるようだった。
傍にいるだけで温かくて、背中を押すように支えてくれるのはいつも灯乃だ。
どんなに行き詰まっても奮い立たせてくれる。
そんな彼女の声を今聞きたかったのに。
繋がらなかった電話を目にして、情けない自分に苦笑した。
今でこそ、朱飛ときちんと向き合わなければならないのに。
「……なんて面してやがる?」
するとそんな時、近づいてくる足音と共に聞こえた仁内の声に、斗真は顔を向けた。
「朱飛をどうするのか、まだ決められねぇのか?」
斗真は何も答えられなかった。
どうするべきなのか、まだ分からない。
いや。更に分からなくなってしまったのだ。
朱飛と話したことで。
“答えてくれ、朱飛。お前が三日鷺の言いなりになっているのは――本当はお前も依代候補だからじゃないのか?”
何か糸口が見つかるかも知れないと思って訊ねた言葉。
それがかえって、斗真の思考回路を狂わせる羽目になった。
“確かに、本来なら私は依代候補でした。でももうなれない。私は候補ですらなくなったのです”
“どういう意味だ?”
“そもそも依代というのは、あなた様の血と繋がりがあるだけでは選ばれません。あなた様を想い、あなた様の為だけに全てを捧ぐことのできる可能性を持った娘でなくては選ばれない”
“……え……?”
斗真には初耳だった。
亜樹からは、主に寄り添える程に親しい者としか聞いていない。
主の為だけに全てを捧げる? そんなこと誰ができる?
灯乃だってそんなことは……
“あくまで可能性です。将来そんな感情を持てるような娘を、三日鷺様の判断でお選びになる。おそらく唯朝 灯乃は、当時想いを寄せる者などいなかったのでしょう。だから選ばれた”
朱飛の言葉に、斗真は絶句した。
そしてその後、どこかでホッとしてる自分にも気づく。
灯乃に想い人はいなかった、たとえ傍に幼馴染みの雄二がいたとしても。
そう思った時、ふと唯朝 陽子のことが頭をよぎった。
もしかして彼女が雄二に欠片を託したのは、それが狙いだったのではないだろうかと。
彼を灯乃の傍に居させることで灯乃が雄二を好きになれば、依代に選ばれることはなくなる、そう考えて。
けれど結果的に当てが外れ、灯乃が紅蓮の三日鷺になってしまったが。
“ご理解頂けましたか? だから私が依代になることはありません”
“お前の中に……春明がいるからか?”
“……はい”
朱飛はそう言うと、抱えていた両膝に顔を埋めて小さく丸まった。
年頃の恋愛事情というやつだ。
感情を表立って出す彼女ではないが、春明を想っていることくらいは斗真でも何となくだが気づいていた。
“だが……”
“分かっています。あの方にとっては私のことなど眼中にない。それどころか毛嫌いすらなさっている。分かっているのです、だからこそ――三日鷺様に願う他なかった”
“三日鷺に願う?”
“私は誘惑に負けてしまったのです”
朱飛は、三日鷺との間でひっそりと交わされた、許されない約束を思い出した。
一瞬で理性を崩された悪魔のあの一言。
――あの春明という男、斬って貴様にくれてやるぞ?
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