第132話

 これは完全に怒っている。

 その様子に灯乃は冷や汗をかくと、春明はそっと携帯電話をスピーカー設定にし、何気ない口調で雄二へ話しかけた。


 「もしもし雄二君? あたしもあの子達には手を焼いているの。助けてくれない?」

 『何言ってんだ。あんたが仕組んだことなんだろ?』

 「あたしは何も知らないわ。ただ――」


 春明は灯乃を見下ろしながら言う。


 「このままだとあの子達、巻き込んじゃうかもしれないわ。危ないと思わない?」


 その言葉に灯乃はハッとした。

 もし、万が一にでも校内に本家からの刺客が潜んでいたら?

 この間みたいに襲われることだってあり得てしまう。

 そんなことになってしまったら……


 『だから何だって言うんだ。俺は……』

 「駄目だよっ」


 雄二がどうでもいいように返そうとするところへ、咄嗟に灯乃が声を出した。


 「何とかしてやめさせなくちゃ」

 『灯乃……?』

 「そうよね。あの子達に何かあったら、灯乃ちゃん悲しいわよね。前回だって、灯乃ちゃんのせいで巻き込まれたようなものだし」

 『おい……あんた何言って……』

 「雄二君も協力してくれるでしょ? あの子達に何かあれば灯乃ちゃんが傷つくんだもの、見て見ぬ振りなんてしないわよね?」


 春明は灯乃の前に膝をつくと、そっと彼女の顎を上げて眼を合わせた。

 その瞬間、灯乃の中心がドクッと震える。

 目が逸らせない。


 「あのっ……」

 「大丈夫、灯乃ちゃん。あたしはあの子達を見捨てたりしない。あなたの為に、あたしが何とかしてあげる」

 「私の、為に……?」

 「そう。あなたを悲しませようとするのは、敵のすることでしょ? あたしはそんなことしない、あなたの味方なんだから」


 春明はそう告げると、優しく微笑んだ。

 それだけで灯乃の頬が赤く染まる。


 ――何だろ、この気持ちは。ゾクゾクする。でも……


 灯乃は必死に首を振る。

 いけない。そうなれば、危険なことに春明や雄二を巻き込んでしまう。

 自分のせいなのだから一人で解決しなければ。


 灯乃はそう思うのに、再び彼の目に見つめられると、どうしてだか何も言えなくなった。

 言い返せない。

 

 ――彼に逆らうことで嫌われたくない


 「……うん。ありがとう……春明さん……」

 『灯乃……?』


 そんな灯乃の様子に、雄二は違和感を覚えた。

 心ここにあらずというような彼女の返事。

 

 『灯乃、何か変だぞ? どうかしたのかっ?』


 何か嫌な予感を感じて、じわじわと雄二が焦るような口調で灯乃へ語りかける。

 すると、春明が素早くスピーカーをオフにして、一人携帯電話をもって部屋を出た。


 「灯乃ちゃんの気持ちは分かったでしょ? 協力、してくれるわよね?」

 『……灯乃に何をした?』

 「別に何も。ただ見つめ合って、優しくお話しただーけ」


 春明はそう言うと立ち止まって壁に寄りかかり、こっそりと口角をつり上げた。


 「まさか断ったりしないわよね、雄二君。幼馴染みのあなたなら分かるでしょ、あの子の自責の念がいつもどれほどのものになるのか」

 『……!』

 「あの女子達が犠牲になれば、灯乃ちゃんは自分を責めて簡単に闇へ落ちる。それほどまでにあの子の抱えている闇は大きいもの、落ちたあの子がこれから先、笑って生きていられるか心配になるほどにね。更にはこれから先の未来は、星花を犠牲にしなければ得られない。斗真君の大切な双子の姉なのよ、あの子がそれを知ったらどう思うかしら?」

 『……依代の挿げ替えができること、やっぱり知ってたんだな?』

 「…………。そうなればあの子は救いを求めない。残された時間で星を助け出そうとする筈。あなたとは真っ向から対立するんじゃないかしら? いいのそれで?」


 春明の口からあまりにもすらすらと吐き出された脅し文句に、雄二は為す術もなく拳を握りしめた。

 灯乃が過剰なまでに自分を卑下する性分であることを、雄二はよく知っている。

 それが故に、追い込まれると彼女がどういう行動に出るのか、容易に想像できてしまうのだ。

 そんな風になってしまうのを、彼がみすみす放っておける訳などない。


 『俺に、何をさせる気だ?』


 雄二は苦渋で顔を歪ませながら、小さく呟いた。

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