第131話

 「……ふぅ。疲れた」


 楓と一緒になって手裏剣の特訓をした後、食事とお風呂を済ませた灯乃は部屋の布団に転がり込んだ。

 ふと隣に目を向けると、既にみつりが小さく寝息をたてて眠っている。

 彼女とは、今日もほとんど別行動だった。

 もはや頼られてもないのか、離れていても誰からも注意されなくなってきている。


 「いいのかな、私。こんなことで」


 情けないとばかりに落ち込んで、灯乃は携帯電話を握りしめる。


 「斗真……電話、したら迷惑かな?」


 途端に彼の声が聞きたくなった。

 こんな時、いつも傍にいてくれたのは斗真だった。

 どこにいたって見つけ出してくれて、引っ張ってくれる。

 落ち込んだ気持ちを包み込んで、許してくれる。

 そんな彼の声を、今聞きたい。でも……


 灯乃は小さくため息をこぼした。

 つい小心者の癖が出て、電話をかけることができない。

 きっと疲れていてそれどころではないだろうし、夜遅くにかけるのは迷惑に繋がるかもしれない。

 だいたい何の用事もないのだ。

 そう思うと、自然と躊躇ってしまう。


 ――寂しい……すごく。でも、それだけじゃない。……何だろ、この気持ち


 灯乃はギュッと胸を締め付けられる想いを感じた。

 寂しいよりも、もっと……苦しいような。


 ――どうして、こんな気持ちになるんだろ……?

 

 その時、急にブルブルッと携帯電話が震えだした。

 まさか、と思って画面を覗くと、そこに表示された名前は――雄二。

 期待していた名前ではなく何処かで拍子抜けするものの、別の緊張感が沸いて、灯乃は慎重に通話ボタンを押した。


 「もしもし雄二」

 『……一人か?』

 「……うん」


 灯乃は、眠っているみつりを一瞥しながら小さな声で答える。


 「雄二、今日はどうして学校に来なかったの?」

 『朱飛達が戻ってこない。斗真に捕まったんだろ?』

 「……たぶん。欠片は回収できたって聞いたから」


 灯乃は今朝の報告を思い出す。

 斗真は欠片を回収したのに、まだ帰らないと告げてきた。

 おそらく朱飛達ときちんと話し合うつもりでいるのだろう。


 「でも斗真のことだから、きっとすぐ解放すると思うし」

 『朱飛を三日鷺にしてからか?』

 「そんなこと……っ」

 『するだろうな。それでお前はまた黒に近づいちまうんだ、ふざけやがって』


 あからさまに悪態をつく雄二に灯乃は、斗真はそんなことしない、と口を開こうとするが、それに被せるようにして雄二が続ける。


 『それともう一つ、これは学校を張ってる連中から聞いた話だが、あの女子達が春明さんの情報を集めようと校内中をうろつき回ってるらしい』

 「えっ?」

 『どういうことだ? 何を企んでる?』


 初めて聞く内容に、灯乃の方が吃驚して言葉を詰まらせた。


 「女子達が、春明さんを? ……どうして?」


 考えてみれば、灯乃が学校に行ってもあの女子達が絡んでくることはなかったし、雄二が登校しなかった今日でさえ話しかけられもしなかった。

 そういえば、時々みつりが怖い顔をして見ていたような。

 すると、その時。



 「――さて。どうしてでしょう?」



 突如背後から声がして、灯乃が振り返ったと同時に携帯電話がスルッと抜き取られた。


 「あ……っ!」

 「いけないわね、灯乃ちゃん。内緒でこんなことしちゃ」

 「春明さん……」


 そこには、にこやかな表情を浮かべながらも、目に鋭さと殺気を漂わせる春明が立っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る