第130話

 「え?」


 突然そんなことを言われ、灯乃は目を丸くするが、せめてもの詫びであるかのように楓が声を上げる。


 「俺でよろしければ、お教えしますよ?」

 「……そう、ですよね、斗真にも言われてるし。――それじゃあ、お願いします」


 灯乃はそう言うと、立ち上がって彼のもとへ行き、手裏剣を受け取った。

 半分はぐらかされたようにも思うが、どうせ教えて貰えないならいっそ近くで観察してみるのもいいかもしれないと、灯乃は提案を受け入れたのだ。

 それに、本当は春明から教わるよう言われていたが、何となく恥ずかしくて頼み難かったのもある。

 どういう訳か意識してしまって、手裏剣どころではなくなる気がするのだ。


 「頑張るわね、あの子」


 早速訓練を始める灯乃を、ちゃっかり眺めていた春明が呟いた。


 「みつりちゃんはやらないの?」


 すると背後で、うんざりとした様子でありながらも同じように見ていたみつりが、即座に外方を向く。


 「何で私が? そういうのはアンタ達の役目でしょ。私を巻き込まないで」

 「役目ねぇ……」

 「アンタも私に構ってないで、手伝ってきたら?」

 「あなたを一人にする訳にもいかないでしょ」

 「その割には、すぐ放ったらかしにする癖に」


 毎度都合良く扱われているのを根に持つかのように、みつりは嫌味っぽく言うが、春明が負い目に感じる筈もなく、軽くあしらう。


 「あたしも色々と忙しいのよ。文句があるなら、今手裏剣に夢中になってるあの子達に言って頂戴」

 「……そうね、アンタは女子達のお相手で忙しそうだし」


 すると、意味深に呟かれたみつりの言葉に、春明は小さくクスッと笑った。

 朝、女子達の集団を見つけた時、何か思いついたらしい。


 「アイツら、学校中でアンタのこと訊いて回ってるわよ。何をさせたい訳?」

 「あの子達はあたしに夢中みたいなの。あたしのことが知りたくて仕方がないのね。――もしかしたら、自ら三日鷺に巻き込まれようとしてくるかもしれないわ」

 「……何考えてるの?」

 「己の方が正義だと思っている雄二君ナイトは、お姫様と仲間を奪った者達がさぞ疎ましいでしょうね。それが悪だとはっきりすれば、尚更」

 「わざと悪く見せて、雄二を誘き出そうってこと?」

 「待ってるだけじゃいつまでかかるか分からないし、朱飛の仲間が潜んでたら見つけられるかもしれないでしょ。お姫様を説得できるチャンス、雄二君なら喉から手が出るほど欲しがると思わない?」


 春明はほくそ笑みながら、目を鋭くさせた。

 無関係な女子達を巻き込む悪党になることで、雄二を引っ張り出す。

 それで本当に彼女達が危険に晒されたとしても構わないと言わんばかりに。

 そんな彼を、みつりは不愉快そうに見やる。


 「確かに雄二を誘き出せるかもしれないけど、そんなことしたら説得し難くなるわ。やめて欲しいんだけど?」

 「いいのよ、それで。なんせこっちにはお姫様がついてるし、斗真君達が戻れば放火の理由も聞ける。それにあたし――何もしてないもの」


 女子達がどうなろうと、勝手に関わってきた彼女達の方に非があり春明は何も強要などしていないと、あくまでシラを切る。

 あとは雄二を捕らえてさえすれば、どうとでもなる。

 そう話す春明はどこか楽しそうで、こうなったら彼はもう止まらない気がして、みつりはハァとため息をついて諦めた。

 彼女にとっても結局あの女子達は関係のない人達、どうでもいいという点では同じであった。

 それでも僅かな良心で、みつりは訊ねる。


 「……春明。アンタには、雄二を護るよう命令がかけられてるんでしょ? ――勝てるの?」


 彼女の目は、春明の足の怪我を見た。

 彼の様子からだいぶ回復はしてるのだろうが、完治している訳でもなさそうだ。

 その上でのかけられた命令。

 不安材料としては十分の筈だった。

 ――だが……


 瞬時に彼の空気が変わる――酷く凍てついた怒りの眼。



 「――このあたしが、負けるとでも?」



 「…………いいえ」


 みつりは小さく答えた。

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