第129話

 それから灯乃とみつりは、昨日と同じように車に乗り込み登校した。

 春明も学校の外から見張り雄二の動向を探ろうとするが、当人は現れず、何も起こらないまま退屈な時間が続く。


 「朱飛がしくじって、学校どころじゃないのかしら?」


 春明は窓から校内を眺めながら呟いた。

 朱飛が欠片の回収に失敗したことで、雄二に登校している余裕はなくなったのかもしれない。

 何とかしなければならないところだが、彼らはこんな事態を想定していなかったのだろうか?


 「ウチのご主人様も舐められたものね。それとも……朱飛がそれほどまでに信頼されていたのか」


 春明はふと朱飛のことを思い出す。

 昔幼かった頃の彼女は、よく斗真にくっついて稽古をつけて欲しいとせがんでいた。

 己の身分もわきまえず、ただ純粋に。

 見ていてすぐに分かった、朱飛は斗真が好きなのだと。

 そしてそれはいずれ、斗真が歩む道の妨げになるだろうと。


 ――そんなこと、あってはならない。だからあたしがあの子を狂わせた、それなのに


 「女は醜く汚らわしい存在。いつだって斗真君を惑わし、苦しめる。そんな存在が人から信頼されるなんて許せない」


 春明は唇を静かに噛みしめた。

 やがていつしかそれは血が滲み出てきそうなまでに強まり、その痛みにハッとすると、彼は無理やり瞼を閉じて気持ちを落ち着かせ、ふぅっと息を吐いた。


 ――何を考えているのかしら。今はそんなことどうだっていい、雄二君のことを考えなきゃ


 「はぁ……あたしも学校に行きたいわ」


 春明は再び目を開くと、外を見つめてぼやいた。

 一応、斗真共々手続きは進めてくれているようなのだが、緋鷺の権力をもってしても亜樹に親権はないので、仁内のようにすぐにとはいかないでいた。

 そもそも親権を持っている丈之助のもとへは、まず連絡はいくだろう。

 既に居所は知られているのだろうが、それでも余計な繋がりがリスクを伴う以上、転入できるにしてもなんとか内密に進めたいところだった。


 「斗真君と雄二君が一緒なら楽しそうよねぇ……でも」


 ――あの子も一緒……


 灯乃のことを考えると、自然と春明の気持ちは暗く淀む。

 すると彼女の声がどこからともなく蘇って来るようで、彼の耳へ伝わる。


 “斗真から何て? もうすぐ帰ってくるの? 怪我とかしなかったのかな? それから、それから……”

 

 ――あの声を思い出すだけで吐き気がする


 「ホント、邪魔な子」



 ――あたしまで、狂(おか)しくなりそう



 そんな時、春明の目前をある集団が横切った。



 *



 「――結局来なかったなぁ、雄二」


 ついには夕方にまで時は過ぎ、とっくに下校も済ませた灯乃はただボーッと楓の修業風景を縁側から眺めていた。


 「気が緩みすぎです、灯乃様。あなた様をお護りできる三日鷺はもういないんですよ?」

 「でも、雄二はただ私を心配してくれてるだけですし」

 「あいつはそうかもしれませんが、朱飛はそうじゃない。きっと裏がある筈です」

 「裏って、どんなですか?」

 「それは……まだ分かりませんが」


 言葉を詰まらせる楓に、灯乃は静かに目を凝らす。

 彼がまた何かを隠しているような気がした。

 時々感じる不信感、敵意はないとは思うが、心の底からは信用できない。

 すると、つい灯乃から言葉が漏れる。


 「……やっぱりまだ教えてくれないんですか? 雄二の家を燃やした理由」

 「……」

 「それが分かれば、雄二だって戻ってくるかも知れないのに」


 楓は黙ったままだった。

 斗真達が戻れば話すというが、なぜ今では駄目なのだろうか?

 それが灯乃には理解できずモヤモヤが残るが、そんな時楓が口を開いた。


 「そうだ、灯乃様。手裏剣、やってみませんか?」

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