従兄妹

第127話

 朱飛は走っていた。

 彼のもとへいつか辿り着けるようにと、ずっと。

 でも、届くことはない。

 前を行く彼は、決して彼女を振り返ることなどしないから。

 それでも必死に追いかけようとすると、いつも靄がかかったように彼が見えなくなる。

 そして――誰かの手が彼女に纏わりつく。


 ――彼のもとに行ってはいけない。こっちへおいで


 そう言われると、朱飛はつい足を止めて誰かのもとへ戻っていく。


 ――なぜ? 私を呼ぶのはなぜなのですか?

 ――なぜあなた様は、私をあの方から引き離そうとするのですか?


 ――春明様……私は、ただ……


 「……ん」


 朱飛は目を覚ました。

 見慣れない狭い部屋、冷たい床に横たわる己の身。

 申し訳程度にかけられた薄い毛布。

 朱飛はぼんやりとした意識の中、ゆっくりと身体を起こした。

 今までいったい何をしていたのか。

 確か、三日鷺の欠片を奪おうと洞窟に入り、そして欠片を奪えた筈だった。

 しかし途端に周りが真っ暗になって、それで……


 「目が覚めたか?」

 「!……っ……」


 すぐ側から声が聞こえ、そこに斗真の姿を見つけると、朱飛はハッとして慌てて離れた。

 そして気づく。

 

 ――自由に身体が動く? 拘束されなかったのか……!?


 朱飛はすかさずクナイを構えた。

 それさえも許されるように手元に残されていたが、斗真はそんな彼女に見向きもせず淡々と話しかける。

 

 「三日鷺の欠片はこちらで回収した」

 「えっ……」

 「刀に戻した訳じゃない。今は仁内が持っている」


 斗真は独り言のように伝えると、やっと彼女の方を向いた。

 涼しげでありながらも何処か安堵したような優しい目。

 無事に目を覚ましたことにホッとでもしたのだろうか?

 朱飛は何だか情けをかけられたような気がして外方を向いた。


 「……そう、ですか」


 朱飛はクナイをおろす。

 どのみち斗真に刃を向けたところで傷つけることは叶わないし、する訳にもいかない。

 それに同盟を結んだ仁内が欠片を持っているのなら、争う必要もない。

 朱飛は僅かに目を動かして仁内がいないのを確認すると、ここからどう逃げ遂せて彼と接触しようか思考を凝らした。

 だがそれも気づかれていたのか、斗真が口を挟む。


 「仁内なら外を見張らせている。だが、欠片の回収はやめておけ」

 「私にはできないと?」

 「仁内は、灯乃を助けたいそうだ」

 「は?」

 「星よりも灯乃を。依代のこと、お前があいつに教えたそうだな? 朱飛」


 斗真の言葉を聞いて、朱飛はなるほどと思った。

 仁内を取り込もうとしたことが知られている。

 彼らの様子からして仁内自らが話したのだろうか。

 ならばそれは、朱飛との同盟決裂を意味することになる。


 「仁内様がご自分から斗真様に?」

 「ああ」

 「それでは斗真様も、星花様よりも彼女を救うことをお決めになったということですか?」

 「いや……。俺は、どちらも依代にさせる気はない。今でもそう思っている」

 「相変わらず甘い方ですね。そんなことではどちらも救えませんよ? そしていずれ仁内様はおろか、あなた様につく者もいなくなる」

 「……だから、お前はいなくなったのか? 朱飛」

 「え?」


 そんな時、逸らされることなく真っ直ぐと見つめてくる斗真に、朱飛は僅かに気後れした。


 「可笑しなものだな。小さい頃はよく俺に、剣を教えろだの体術を教えろだの、煩かったのに」

 「……昔のことです。身の程というのをまだ理解していなかっただけ。あなた様と私とでは住む世界が違います」

 「春明ともか?」

 「……」

 「俺たちは従兄妹だ。たとえお前に緋鷺の血が流れていなくとも、それは変わらない。お前が師匠に斬られそうになった時、思ったんだ。このままでは後悔すると。だから」


 斗真は優しく朱飛の頭を撫でると、愛おしく微笑む。


 「もしお前が何か一人で抱え込んでいるなら、力になりたい。お前の従兄(あに)として」

 「……」

 「答えてくれ、朱飛。お前が三日鷺の言いなりになっているのはーー本当はお前も依代候補だからじゃないのか?」



 *



 「……面倒臭。何やってんのかしら、あたし」


 三日鷺のせいで眠りに入ってしまった灯乃を、春明は抱きかかえて部屋まで運んでいた。

 机の上には、まだ済まされていない課題が放置されていて、けれど春明は知らない振りをしたまま灯乃を布団の中へと戻す。

 楓に運ばせても良かったのだが、させなかった。

 もしかしたら運んでいる途中で、彼女が目を覚ますかもしれない。

 そう考えると、何となくだが自身が運んだ方がいいような気がしたのだ。

 だが結局目覚めることもなく、春明は疲れたため息をもらす。

 ただの無駄骨、春明は恨めしそうに灯乃を見つめると、ふと彼女から言われた言葉を思い浮かべた。


 ――ごめんなさい、春明さん


 「まさか、このあたしが拒まれるなんて」


 ――この子も斗真くんのことを想っているとでもいうの? それとも……


 春明は嫌な予感を頭に描き出す。


 ――もしかして、斗真くんがそうさせるよう命令をかけた? いや、斗真くんはあたしを信じてくれてる。そんな命令はしない。でも。


 灯乃に何らかの命令をかけたことは事実。

 その事実が春明の不安を掻き立て始めた。


 「……ちっ、彼を疑うなんて。いったい何を命じたのよ、斗真くん」


 彼のことだから、きっと灯乃の為にした命令なのだろう。

 何かから彼女を守る為? 救う為?

 

 ――それってやっぱりあたしから?


 「違う、違う、違う。絶対違う」


 とにかく彼女を想っての命令。




 ――嗚呼、ホント苛々する




 「……早く斗真くんの前から消えてくれればいいのに」




 「……あんたってさ」

 「……!」


 そんな時、予想外にも目を覚ましたみつりの声がそっと降ってきて、春明は思わずビクッとした。

 けれどみつりの方は相変わらずの無表情で、さらっと呟く。


 「本気で好きなのね、斗真のこと」

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