第126話

 「春明――といったか。貴様、随分と面白い眼を持っておるではないか」

 「……何のことかしら? あたしの眼は、普通の眼だけど?」


 紅蓮の三日鷺がニタリと笑うと、春明は敏感に察し、すぐさま手を離して距離を取った。

 灯乃から意識を奪うというのは、こうも容易いことなのか。

 それとも同化が進んでいる為か。

 どちらにしろただならぬ気配を醸し出す三日鷺に、春明は気を許す筈もなく警戒する。


 「何やらこの娘に良からぬ事を企てておるようだが、それは主の命か?」

 「何のことを言っているのか、全く分からないわ。あたしはただ灯乃ちゃんとお話しているだけ。寧ろ彼女の方が隠し事をしているんじゃないかしら。もしくは――すでにあなたがあの子を操っている、とか?」


 互いが腹の内を探るように問い質す。

 特に春明は、三日鷺が油断ならない相手だと判断してか、こっそり左手に武器さえ握らせる。

 そんな彼を前に、三日鷺がフッと小さく笑みをこぼした。


 「残念だが、まだその域には達しておらぬ。主が強情でな、我をなかなか白へ近づけさせん」

 「斗真君は望んでいないもの。当然でしょ」

 「可笑しな主ぞ。我が力をもってすれば大抵の望みは叶えられるというのに。国取りですら難しくないぞ?」

 「それこそ愚問ね。彼にそんな欲はないわ」

 「……ふっ、知っておる」

 「……」


 三日鷺はそう言うと、何かを思い起こすようにそっと俯き、どこか優しく目を細めた。

 しかしそれはほんの一瞬で、春明を見上げる頃には奥に深い何かを潜ませた目で、口を開く。


 「ところで春明、貴様は知っておるか? 依代は挿げ替えることができると」

 「え?」

 「同化が完了していない今であれば、まだ可能だ」


 初耳である話を口にする三日鷺に、春明は驚くものの更に目を尖らせた。

 そんなピリピリする彼とは違い、三日鷺は余裕で口角を上げる。


 「……なぜそんな話をあたしに?」

 「貴様が灯乃をどう思っておるのか知らぬが、主はこの娘に肩入れしすぎておる。それは我が仕えるにあたって、あまり都合が良いものではないからな。別の人間が依代であれば、我への風当たりも変わるやもしれぬ」

 「つまり灯乃ちゃんから他の人間に挿げ替わることで、斗真君のご機嫌を取りたいと?」

 「どうだ? 貴様にとっても悪い話ではなかろう?」


 まるで悪戯を企てるかのような口ぶりで、三日鷺は言った。

 確かに紅蓮の三日鷺が別の者へと替われば、灯乃はただの少女に戻る。

 斗真であれば、彼女が大切であるが故に危険から遠ざけようと自ら関わりを断つかもしれない。

 いや、寧ろそうする筈だ、それは春明にとって願ってもないこと。


 「挿げ替えの条件は? まさか誰でも良いって訳じゃないでしょ?」

 「色々あるが、候補は今のところただ一人だ。――緋鷺 星花、確か貴様が許さないと言った者だったか?」

 「!」


 灯乃の記憶から、以前春明が言ったことを引き出してきたのか、星花の名を口にして三日鷺は彼を揺さぶる。

 しかし春明は一瞬眉を歪めるも、平然とした態度でそっと話し出した。


 「……なるほどね。あの女なら、何の問題もないわ」

 「我と組むか?」

 「その前に一つ教えて。――朱飛を、何と言って手懐けたの?」

 「……」


 突然出てきた名前に、三日鷺は目を丸めた。

 そして僅かな間をあけた後、フッと何故か面白そうに笑う。

 

 「……つくづく惜しい奴よの」


 何がそんなに面白いのか。

 春明は恨めしそうにじーっと睨みながらも返答を待つが、三日鷺がそっと目を閉じたかと思えば身体がぐらつき、そのまま春明の方へと倒れ込んできた。

 彼は反射的に避けようとするも、明らかに意識のない彼女に気づいて思わず抱きとめ、眉間に皺を寄せる。

 

 「逃げた」


 空気がすっかり変わり、完全にゆったりと柔らかな灯乃の気配に戻っているのを感じ取ると、春明は諦めたかのようにため息を吐き、武器を仕舞い込むと仕方なく彼女をそばの柱に寄り掛からせた。


 「依代を挿げ替える、か」


 春明はふと斗真のことを考える。


 ――もし彼が知れば、いったいどちらを選び、どちらを切り捨てるのだろうか? どちらにしても、斗真君には酷な選択ね

 

 「それはそれとして。――あたし、盗み聞きはされたくないんだけど?」


 そんな時、春明は少し大きめの声をあげて、外へと話す。

 すると少しして襖がそーっと開き、申し訳なさそうに楓が姿を現した。

 どうやら春明と灯乃が気になって、つい後を付けてしまったらしい。

 小さく謝罪すると、春明の様子を伺いながら楓が訊ねてきた。


 「春明様。今の話、どうお考えなのですか? 三日鷺様に協力なさるので?」

 「する訳ないでしょ、あんなふざけた奴に」

 「えっ?」


 春明のあまりに馬鹿馬鹿しいと言わんばかりの態度に、楓は思わずポカンとする。


 「……ふざけて、いますか?」

 「あいつ、あたしが挿げ替えの条件を訊いても答えなかったわ。それって話すと都合が悪くなる条件か、そもそも挿げ替え自体が嘘か。どちらにしても、あたしにはリスクしか残らないわ。それに、今まで散々引っかき回しておいて、今更斗真君のご機嫌取りなんてする筈ないじゃない。馬鹿にするにも程があるわ」

 「では、三日鷺様はなぜ春明様にそんな話を?」

 「さあね。裏がありすぎて分からないわ」

 「裏?」

 「そもそも三日鷺の目的は、斗真君に仕えることなんでしょ? でもそれにしては回り難すぎ。本当にそれだけが目的なら、ストレートに斗真君に取り入っとけばいいだけじゃない? わざわざ敵対するような形で復活を目論む必要はないわ」

 「確かに」

 「なのに、そうするのはなぜ? なぜあたしに挿げ替えの話を吹き込むの? 急に灯乃ちゃんを解放しようだなんて言ったのは? あいつの意図が読めないわ」


 春明はそう考えを話すと、楓も同じく悩むように眉を歪めた。

 そしてボソッと訊ねる。


 「春明様。では朱飛のことは、どうしてお訊きになっていたのですか?」


 すると、その言葉に春明の表情が僅かに陰る。


 「……気になったのよ、あの鳥に付いて何の得があるのか。もしくはあいつに付かないとマズいことでもあるのか」

 「朱飛は真面目でありますし、ただ山城家の者としての使命感から付いているだけでは?」

 「言っとくけど、あの子はそんな子じゃないわ。それはあたしが一番よく知ってる」

 「……」

 「もし得があるのだとすれば、何か望みを叶えて貰う気かもしれないわ。三日鷺も自分で言ってたし、《大抵の望みは叶えられる》って」

 「朱飛に望み……ですか。ではもし三日鷺様に付かなければマズいことがあるのだとしたら、それはいったい……?」

 「……」


 楓は春明の様子を見張ると、予想がついているのかついてないのか、春明は考えにふけるように口を閉ざした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る