第119話

 小屋の扉の前に座り込んでから、どのくらい経っただろう。

 仁内は斗真が話を聞き終わるまでぼんやりと景色を眺めながら、ある時ポソッと呟いた。


 「一緒に行こう……か」


 灯乃の言葉を思い起こしながら、依代のことを考える。

 彼女が知れば、どう動くだろうか?

 星花を依代にしようとするだろうか?

 それとも……


 「……ちっ、あいつがどう思おうが、俺は俺なんだよっ」


 何となくだが、灯乃の考えそうなことが分かり、仁内は頭を掻き毟った。

 灯乃なら、変わらず星花を助け出そうと言うだろう。

 だがそれは、彼女がお人好しだからではない。

 周りから必要とされている星花を差し置いて己が生き残ることに、後ろめたさを酷く感じることになるからだ。

 放っておけば、自害さえし兼ねないほどに。

 まったく、どれだけ星花を過大評価し、自身を過小評価すれば気が済むのだろうと、仁内は思う。

 彼からすれば、寧ろ灯乃こそ一番必要だというのに。


 「……て俺、何あいつのことばっか考えてんだよ」


 途端に恥ずかしくなって、仁内はガクッと項垂れた。

 もうずっと灯乃のことばかり考えているような気がする。

 これも三日鷺になったせいだと思いたいが、きっとそうではないだろうと薄々気づいている。


 ――俺はもうずっと前からあいつのこと……


 「……て、だから! あーもー俺は何を考えて……っ!」


 とその時。


 ――バンッ!


 「痛ぇっ!」

 「こんな所で騒ぐな」


 話を終えたのか、山城の男が中から出てこようとして開けた扉が仁内の後頭部に直撃した。

 思わぬ奇襲に、頭を摩りながら肌に血管を浮き立たせ、仁内は尖った声を出す。


 「てめぇ……わざとだろ?」

 「何のことだ?」


 悪びれた様子もなく、涼しい顔で言葉を返す男。

 どことなく見下したような目で見てくるのは、気のせいだろうか?


 「……」


 いや、気のせいではない。

 仁内は知っている。

 いつもそうだから、いつもそんな目で周りは見てくるから。

 この男も同じ。

 仁内は自然と目を逸らすと、言い返す気にもなれず黙って立ち上がった。


 きっと灯乃も似たような気分を日々味わってきたのだろう。

 だからこそ、仁内に彼女の気持ちが分かる。

 拠り所がなく不安定で、何を掴んでいいかも分からない真っ暗な闇の中にいる心地を。

 と、そんな時。


 「仁内、行くぞ」


 男に続いて、斗真も出て来た。

 まっすぐ仁内を見る彼の目。

 だがどことなく疲れたような、目にいつもの強さがないような。

 あまり良い話ではなかったのだろうか?


 「やっとかよ。待ちくたびれたぜ」


 仁内はいつもの調子で憎まれ口をたたくと、斗真について歩き出した。

 しかし山城の男はついて来る気がないのか、扉の前で立ち尽くしてこちらを見ている。

 斗真は気にすることなく、洞窟へと向かって進んで行った。


 「おい、あいつはいいのかよ」

 「ああ。洞窟へは俺とお前で行く」

 「……そうかよ」


 斗真の勝手な指示に、仁内は別段反対することもなくそのまま歩き、気づけば男のいる小屋は見えなくなっていた。

 普段なら自分勝手に話を進めていく斗真に反発し、幾つか訊きたいことを根掘り葉掘り問い質しているところの筈。

 灯乃の話とはどんな内容だったのか、とか。

 何故あの見張りの男はついて来ないのか、とか。

 だが今は、どういう訳かそんな気分にはなれなかった。

 仁内にしては、色々なことを考えすぎていたからかもしれない。

 それよりも、と仁内は口を開く。


 「斗真、てめぇ顔色悪くねぇか?」


 やはり少し気になって仁内は言っただけなのだが、しかしその瞬間、斗真の足が止まった。

 彼にしては珍しく、間の抜けた表情を仁内に見せる。


 「……お前が俺を心配するのか? 気味が悪いことを言うな」

 「あ゛あ!?」


 そう言い切り再び前を歩き出す斗真に、仁内は顔を真っ赤にさせ大声を上げた。


 「んな訳ねぇだろ! こんなとこでてめぇに何かあったら、俺が迷惑すんだよ! 断じててめぇを心配してる訳じゃねぇから! 勘違いすんじゃねぇよ!」

 「どうでもいいから黙れ。追っ手に見つかる」

 「てっめぇ……!」


 背負っていたリュックを掴み外して、怒りのまま斗真へぶち込んでやろうかと仁内は思うが、当然それはできず、悔しい思いにただ歯を食いしばる他なかった。

 そんなコロコロと表情を変える彼を、斗真は密かにそっと一瞥する。

 暫くして、洞窟の入口に辿り着くと、斗真が懐中電灯を手にし二人で中へ入った。

 何のトラップもないまま祠まで突き進む。


 「おい、本当に欠片はあるのか? その割には妙にあっさりしてねぇか?」

 「あぁ。ここまではな」

 「?」


 薄暗い洞窟の中で、斗真らは小さな祠を見つける。

 仁内が言うように、本当に欠片が祀られているのか疑わしい程に貧素で、存在を忘れられたかのように至る所に苔が生えている祠だった。

 だが。


 「――来たか」

 「え?」


 二人が近づいた途端、急に祠が紅く燃え上がり、辺りがパァッと明るく染まった。

 2m位の炎になるだろうか。

 その明るさに仁内は思わず半月斧を両手に構えるが、斗真は慌てることなく懐中電灯の明かりを消す。

 おそらく見張りの男に聞かされていたのだろう。

 するとその炎からゆっくりと一つの人型が現れ、それを見た瞬間、仁内は唖然として固まった。


 「おいっ、あれは……!」

 「あぁ。彼女が欠片を護る者だ」


 斗真がそう言うと同時に、仁内の斧が手から滑り落ちてガシャンと響き渡った。

 長い髪を一つに束ね、山城の人間が着ているものと同じ装束をその身に纏い、両手に双剣を握る女性。

 いつだったか、ある時突然いなくなったと聞いていた。

 斗真を知る上で、まず外せない人。

 斗真が顔を曇らせながらゆっくり彼女に近づいた。


 「もっと早くに気づくべきでした。あなたが灯乃の母親だったと――お久しぶりです、師匠」

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