第118話
「いいのか? 先に教えたりして」
「えぇ」
「……何を考えてやがる?」
仁内は、やけにあっさりしている朱飛を逆に不審に思い、問いかけた。
しかし彼女の全く崩れない表情に思考が読めず、主導権を奪われているような感覚に陥る。
果たしてこの先を聞いていいのだろうか。
今まさに彼女の術中に嵌ってしまっているのではないだろうか。
いろんな考えがぐるぐると駆け巡る中で、朱飛の方が先に答えを出した。
「仁内様ならご理解頂けると思ったまでです。いえ――寧ろ、我々の方が味方だと判断して頂けるのではないかとさえ、思っています」
「あ? どういうことだ?」
「我々は三日鷺様の完全復活を目的としています。しかしそれは、必ずしも唯朝 灯乃が依代にならなくてはならない、という訳ではありません。我々としては、三日鷺様が復活なされば、誰が依代であろうと構わないのです」
「何だ、それ。依代は紅蓮の三日鷺になっちまった灯乃だけだろ? 今さら他の奴が代わることなんて、できる訳……」
そこまで口にして、仁内はハッとした。
目にした朱飛は、とてもまっすぐ見据えてくる。
嘘ではない、真実を語っていると言わんばかりのその目で。
「主である彼女が解放されなければ、仁内様も道連れ。どうにかしたいと思っているのでは?」
「……できるのか?」
「同化が完了していない今なら、まだ」
朱飛の言葉を聞いて、仁内は黙り込んだ。
確かに、三日鷺に同化を求められたのは灯乃だけ。
だから依代は彼女しかなれないと、そう思っていた。
だがそれは果たして本当なのだろうか?
そう思い込んでいただけで、真実かどうかは分からないのではないか。
亜樹は、灯乃はもう手遅れだと言った。
だがそれは、彼女がそう口にしただけであって、本当かどうかは定かではない。
彼女が知らないこともあるかもしれないし、彼女が嘘をついていることもあり得るのだ。
――灯乃が助かるかもしれない。
仁内の中で、一つの希望の光が差し込んだ。
「ですが、誰でも依代になれる訳ではありません。しかも、現状で依代の条件を満たしている人物はたった一人だけ」
「誰だ、それは」
「――星花様です」
「……あいつか」
「唯朝 灯乃を救う唯一の方法として、我々は星花様が依代になり代わることをご提案します」
朱飛ははっきりと仁内にそう言った。
誰かが灯乃の身代わりになってくれるのなら、それに越したことはない。
ただそれが星花だけと聞いて、仁内は妙に納得した。
斗真が何かに悩んでいるのには気づいていたが、おそらくそれがこのことなのだろうと。
彼は、灯乃と星花のどちらも見捨てることができず、思い悩んでいたのだ。
――てことは、朱飛の言うことは本当なのか
「裏切らねぇって保証は?」
「こちらには雄二がおります。彼が唯朝 灯乃を最優先に考えていることは仁内様もご存知でしょう。我々はそんな彼に三日鷺の欠片を持たせています。裏切ることはできません」
なるほど、仁内は思った。
仁内自身も灯乃の命が最優先なのは変わらない。
だが、斗真は?
天秤にかけるのが星花の命なら、斗真が絶対に灯乃を見捨てないという保証はどこにもないのだ。
何せ星花は斗真の双子の姉、あの二人が常に一緒だったことは仁内も知っている。
寧ろ、その片翼を捨ててまで灯乃を選ぶという方が考え難いかもしれないのだ。
――だとしたら、俺が選ぶ答えは……
「……俺には斗真の盾になる命令がある。あいつに妨害されたら欠片を奪うことは難しいぞ?」
「構いません、仁内様がご助力下さるのであれば」
――取り引き成立。
そう仁内の答えを解釈して、朱飛は僅かに目を細めるとその場から飛び去った。
気配が消え、急に静けさが舞い戻ったように仁内へ風がひと吹きする。
「……これであいつを助けられる」
仁内はホッとした。
いずれ斗真は、灯乃を連れ立って星花を救出しに動く。
その時を狙えば灯乃を解放できる、彼はそう考えた。
――でも……
何処かで一物、しこりが残っている気がする。
――本当にこれで良かったのか……?
斗真を裏切って、朱飛について。
どうせ斗真は仁内を信じていないし、裏切りになるかも分からない関係だ。
でも――
“星花さんを助け出すことは、私の目的でもあるの”
「俺は……」
“一緒に行こう、仁ちゃん”
「……」
灯乃の言葉を思い出すと、途端にモヤモヤとしたものが増えていき、彼女が助かるかもしれないという朗報を手にしても、仁内の気持ちは晴れないでいた。
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