第116話
「早々に立ち去れ。でなければ、この矢がお前たちの身体を射抜くことになる」
「ちっ。何が斗真が行けば大丈夫だ、あのババア。全然駄目じゃねぇか」
山城の男が弓矢を向ける先で、仁内は亜樹が話していたことを思い出し、悪態をついた。
確かに継承者だと認められれば入手は容易だったろうが、認めさせることができないのであれば事態は一変する。
「なぜ偽物だと決めつける? 俺もこの刀も本物だ」
斗真は再度刀を突き出し、問いただした。
すると男は更に目を鋭くさせていきなり斗真に向かって矢を放ち、避けることをしない斗真に代わって仁内が再び斧で払い除けた。
それを見て、男はすぐさま次の矢を斗真に向ける。
「そいつは、お前の三日鷺か?」
仁内のことを言っているのだろう。
斗真を庇う彼を見て男が訊ねてくると、斗真は試されているのだろうと思い、真実を告げた。
「こいつは俺の三日鷺じゃない」
「……どうだか」
すると男は、斗真の返答を信じていないのか、今度は可能な限り矢を連射してきた。
それには斗真も避けざるを得なくなり、仁内と共に身体を動かし矢を躱す。
「何なんだよ、あの野郎っ。こうなりゃ腕ずくで奪うぞ、斗真っ」
「駄目だ。奴は欠片を守っているだけだ、敵じゃない」
「はぁ!?」
仁内は早々に戦闘態勢に入ろうとするが、それを斗真が止めた。
目の前の男は味方なのだ。
それを攻撃するのは、斗真が許す筈もなかった。
しかし仁内はその言葉に耳を貸すこともなく、男に走っていく。
「仁内っ」
「いい子ぶってんじゃねぇよ! 欠片が手に入れば、それでいいだろうが!」
仁内はそう言って、半月斧を振り回す。
対する男も冷静に攻撃を見極め躱していくが、対抗しようと弓矢を構えた瞬間に、仁内が急に視界から消えた。
それは仁内が自ら動いた訳ではない。
斗真が彼の右腕を掴み、引き離したのだ。
「何すんだ! 斗真!」
「やめろと言っているっ。無闇に味方を攻撃するな」
「あぁ!? ふざけんな! 早く手に入れて、灯乃のところに帰るんだろうが! つか、こいつがホントに山城の人間かも分かんねぇし」
「山城の者だ」
「何で分かるんだよ!」
「なぜ分からない?」
二人が揉めていると、矢がとんで来て二人は左右に躱した。
しかし、何故だか攻撃はそれが最後であるかのように、急に鎮まる。
不思議に思い斗真らが見ると、男はなぜか目を見開き、驚いたような顔をしていた。
「……おい。今、灯乃と言ったか?」
仁内の言葉に反応してなのか、男は硬直し、やっと思いで口にしたようだった。
まさか灯乃のことを何か知っているのだろうか?
斗真が恐る恐る伺うように答える。
「彼女が、俺の三日鷺だ」
「……何、だと……?」
男から殺気が消えた。
それどころか絶望したように覇気さえ失う。
いったいどういう関係があるのか。
男は力なく弓をおろすと、斗真が握る三日鷺の刀をぼんやり眺めた。
「……真紅の鞘か。まさかあの子が三日鷺の依代に?」
「彼女を救うために、欠片を回収しに来たんだ」
「何てことだ……」
男は気持ちの整理をしているのか、ほんの一瞬目を閉じると、少し落ち着いたのかくるりと二人に背を向けしっかりとした目を開いた。
「ついて来い」
たった一言で、男は洞窟を出ていく。
どうやら斗真を本物の継承者だと理解したようだ。
しかし、欠片の在り処まで案内するというのなら、洞窟の奥へ向かう筈なのに、まったくの反対方向へ歩いて行く彼。
斗真はすんなりとついて行くが、仁内は不満を感じたのか、いつもの舌打ちをして仕方なく二人の後を追っていった。
*
「ここは?」
斗真たちはいったん洞窟から離れ、少し歩いた先に建てられた一件の小屋を見つけた。
男は慣れたように中へと入っていき、二人も警戒しながら続く。
「俺の住処だ」
中も小ぢんまりとしていて、何もない。
男は地べたに座り込むなりくつろぐが、そんなのんびりした様子に焦燥感を駆られた仁内が急かすように言う。
「おい、早く欠片のところまで案内しやがれ」
「……誰だ、お前」
「あ゛ぁ!?」
すると、仁内のことなど斗真の三日鷺でないと分かった時点で記憶から抹消されていたのか、今になって存在に気づいたように男が語りかける。
「欠片は刀の主に手渡す。誰もお前に渡すとは言っていない」
「てめぇ……」
男に冷たくあしられ、仁内が眉間に皺を寄せながらわなわなと拳を震わせていると、男は斗真の方へ向き直り、改めて口を開いた。
「だがその前に、あの子の、灯乃のことを聞いておきたい。それによっては斗真、お前であっても欠片を渡すことはできないが?」
「お互い、聞かなければならないことがたくさんありそうだ」
斗真は真面目な顔でそう言うと男に耳を傾けるが、その一方で仁内は苛立ちだけではない、何処か悲しくて悔しい気持ちが湧き上がってくるのを感じていた。
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