信頼

第115話

 「――まだ着かねぇのかよ」


 とある山奥で。

 斗真がただひたすら前を登っていく中、仁内は後ろから気だるそうに呟いた。


 「何だ、もうバテたのか?」

 「そんなんじゃねぇよ。さっさと欠片を手に入れて、さっさと帰りてぇだけだ」

 「叔母上の話では、欠片はこの先だ。行くぞ」

 「ちっ。なかったらあのババア、ただじゃおかねぇ」

 

 二人は水と少量の食料を入れたリュックをそれぞれ肩にかけ、既に三時間ほど山道を歩いていた。

 亜樹から聞いた話では、この山奥に洞窟があり、その中の祠に三日鷺の欠片が祀られているそうだ。

 そして、その欠片を護る為に山城の者が常に洞窟を見張っているとも。


 「すんなり渡してくれればいいんだが」

 「継承者のてめぇには、引き渡すようになってんだろ?」

 「刀は持っているが、それだけで証明になるかは分からない」

 「だったら、ぶん捕ればいいだけだろ。だいたい何で継承者の顔ぐらい知らせとかねぇんだよ」


 長時間歩いているせいか、仁内は苛々しながら言う。

 すると斗真が呆れた様子で応える。


 「味方の顔すら覚えないお前が、それを言うのか?」

 「うっせぇな。それとこれとは違ぇだろうが」

 「……。もしかしたらこの場所を知っている者が、叔母上と洞窟を見張っている者だけだったのかもしれない。そして漏洩をおそれて何の連絡も交わしていなかったとしたら、俺の顔を知らなくても無理はない」

 「……マジかよ……」


 仁内が面倒臭そうに項垂れると、斗真は再び前を歩き始めた。

 が次の瞬間。


 「仁内、急ぐぞ」

 「あ?」


 さらっと呟いたかと思えば、斗真は突然もの凄い速さで走り出し、仁内もそれにつられて慌てて駆け出した。

 すると斗真はどんどん加速していき、仁内でも追いつくのがやっとのくらいにまでなってくる。


 「おいっ、何なんだよ急に」


 そんなに早く済ませたいのか?

 仁内はそう頭に過ぎらせたが、一瞬僅かに背後が揺らいだのに気づくと、すぐに考えを改めた。

 これは、つけられている。

 斗真はそれを逸早く察知して、撒こうと走り出したのだ。

 しかし。

 それにしても斗真は速かった。

 仁内が徐々に離され、ついには彼を見失う程に。


 「くっそ、一人だとこんなに速ぇのかよ」


 以前、追っ手から逃れる為に共に走ったことがある。

 あの時は確か、斗真が灯乃を抱えて走っていた。

 おそらく彼女を労わってスピードを落としていたのだろう。

 

 ――こんなことではぐれるとか、マジあり得ねぇぞ

 

 仁内が恥を感じ始めたその時。

 体内からじわじわとこみ上げてくるものを感じて、彼はハッとした。

 三日鷺の力が動き出したのだろうか?

 いや、灯乃を護るという優先命令がある限り、仁内は斗真から離れることができる。

 力があらわれた訳ではない、何となく彼の位置が分かる気がするだけだ。


 ――どういうことだ? 奴が危険な時にしか分からねぇ筈なのに


 「ちっ……嫌な予感しかしねぇ」


 仁内は感じるままに急いで斗真を追いかけると、いつの間にか追っ手の気配が消えていた。

 どうやら彼の速さについてはいけなかったようだ。


 そして。


 「着いたぞ」


 仁内が斗真と合流したところで、目前に大きな洞窟を見つける。


 「てめぇな……」

 「何だ? さっさと欠片を手に入れて帰りたいんだろ?」


 何とか見つけ出した仁内に対して、涼しい顔でしれっと一言言葉にする斗真。

 そうだ、もともと彼はこういう人間だ。

 いつもは灯乃がいたから彼女に合わせて行動するようになっていただけで、本当は一人で突っ走り、それでいてあっさりやり遂げる男だ。


 「とにかく入るぞ」

 「ちっ、分かってる」

 

 そんな彼を恨めしそうに見ながら、先に入っていく斗真を追って仁内も入っていった。

 すると。


 ――シュンッ!


 中に入った瞬間に、背後から一本の矢が斗真に向かって飛んできて、三日鷺の命令によって仁内が半月斧でそれを防ぎ落とした。


 「山城の者か?」


 斗真が振り返り、はっきりとした口調でそう訊ねると、ザッザッと地面を擦るような足音が近づいてきて一人の男が姿を現す。


 「お前たちは、ここに何用か?」


 その男は、ボロボロの袴を着て、長い髪を上の方で結い上げ、二人に弓を構えていた。

 この者が、亜樹の言っていた見張りの者だろうか?


 「俺たちは、三日鷺の欠片を回収しに来た。俺は刀の継承者、緋鷺斗真だ。ここの欠片を渡して欲しい」


 斗真は堂々と名乗りながら、三日鷺の刀を男に見せつける。

 しかし。


 「三人目……」

 「え?」

 「継承者と偽り、欠片を奪いにやって来た奴は、お前たちで三人目だ」


 男は斗真を継承者だと信じていないのか、弓をおさめることもなく、更には双眸に殺気を宿らせた。

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