第114話
嫌な人に聞かれてしまったと、灯乃は思った。
春明が加わると、面白おかしく騒がれてしまう。
実際に今、質問の趣旨が変わったように思うのだが。
「べっ別に私は、二人とも尊敬してるし、大切な仲間だと思ってるし……」
「大切な仲間ねぇ。それだけ? ホントはちょっとイイなぁとか、どっちか思ってるんじゃないの?」
「うえぇっ!? そっそんなこと……」
灯乃が紅潮させたまま、ごにょごにょと歯切れ悪くしていると、ついに春明は身を乗り出すように灯乃の顔面へ近づいた。
「それとも――もっと他に好きな人がいる、とか?」
「え」
目の前で囁かれ、灯乃は春明と目を合わせた。
するとその瞬間、魂が引き寄せられるかのように、意識の全部が彼に魅入られる。
さっきまでとは違う鼓動の高鳴りが始まる。
――他に好きな人? それじゃ春明さんは……?
何故だかだんだんボーっとしてきて、周りが見えなくなってきた。
そして。
今はもう目の前にいる彼、春明しか見えない。
「私の好きな人は……」
「好きな人は?」
「好きな人は――」
しかし。
「ちょっと、まだ課題の途中なんだけど」
灯乃が答えそうになっているところへ、突然みつりの刺のある声が大きく割り込んだ。
すると何かが弾けたように灯乃はハッとし、春明は一瞬目を鋭くさせてみつりを睨んだ。
「私、アンタの好きな人なんてどうでもいいの。邪魔しないでくれる?」
「あっ、そうだよね。ごっごめん」
今とんでもないことを暴露しそうになっていたことに気づき、灯乃は恥ずかしさのあまり顔から火を噴く思いで謝った。
そして居た堪れなくなったのか、すかさず立ち上がる。
「そっそうだ、そろそろ夕飯の時間だろうし、私お手伝いしてくるね」
「灯乃ちゃん、課題は?」
「食後にします! お気遣いなくぅーっ!!」
春明の引き止めようとする言葉を素早く払いのけると、灯乃は全力疾走でその場を逃げ去った。
本当にとんでもない。
いったい誰の名前を口にしようとしていたのか。
斗真と雄二のことを考えていた筈なのに、春明に見つめられただけで、またドキドキと緊張して頬が火照ってきた。
――もしかして私は、春明さんのこと……
「あ。また一人で飛び出してきちゃった」
散々みつりと行動するよう言われていたにも関わらず、またも彼女を部屋に残してきてしまったことに灯乃は気づくが、春明と一緒にいるなら大丈夫だろうと、トボトボと手伝いに歩き出した。
一方で、残された部屋で春明は呟く。
「あの子に話振ったの、みつりちゃんでしょ? どうして止めたの?」
「言ったでしょ、課題の途中なの。アンタも邪魔するなら消えて欲しいんだけど」
「雄二君のこと、聞きたかったんじゃなかったの? 彼のこと、好きなんでしょ?」
淡々とした口調とは裏腹に、しつこく訊ねてくる春明。
するとついにみつりも苛立ちを隠せなくなったのか、眉をつり上げてキッと彼を睨んだ。
「何度も言わせないで。邪魔なの」
「そうはいかないわ。だってあたしも雄二君が好きなんだもの」
何度言っても引くことを知らず、更に春明は挑戦的な言葉と態度をとる。
するとその挑発に乗るかと思いきや、みつりは何故か反対に張り合う気が失せたのか溜息をついた。
「あっそ。でも残念ね、雄二はあの疫病神しか見てないわ。そもそも女装した男なんて雄二の趣味じゃないでしょうし」
「……あら、言ってくれるじゃない」
みつりは昼休みに言われた雄二の言葉を思い出すと、少し気持ちを沈ませたように視線を下に落としながらもそれでも素っ気なく言った。
すると春明は、怪訝な目を細めて静かに笑う。
「ところで、あたしが男だって誰から聞いたのかしら? あたし、あなたには黙ってたんだけど」
春明は探るような物言いでみつりに問いかけた。
灯乃が教えたのだろうか?
だが、彼女の言葉をみつりがあっさり信じるとは思えない。
なんせ見た目だけでは到底見抜けないほど完璧な女装だ、何処か確かなところから情報を得たに違いないと彼は思った。
しかしみつりは特に慌てる訳でもなく、それどころか首を傾げながら答える。
「何言ってんの? 男か女かなんて、見れば分かるでしょ」
「…………そう」
さも当たり前のように言ってきたみつりに、春明は内心驚いた。
今まで誰にも気づかれなかっただけに自負しすぎていたのだろうか。
――でも、本当に見ただけで? だとしたら、この子……厄介かもしれないわね
そう思うと春明は、密かにみつりへの警戒心を強めた。
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