第110話

 灯乃は雄二に連れられて、中庭へ向かう。

 楓の仲間が全ての校門を見張っていることと、春明が体育館裏にいるだろうということで、雄二はそれを避けたのだ。

 雄二は辺りを見回して人がいないのを確認しながら上靴のまま外へ出て、ひと気のない場所を探して歩くと、すんなり二人きりになる。

 灯乃が雄二との話し合いに協力的になっているおかげだろう。

 灯乃はやっと彼と話ができると思うと、つい顔が綻んだ。


 「……何だよ?」

 「やっぱり雄二だなと思って」

 「?」

 「雄二はいつもこうやって私を引っ張って護ってくれた。小さな頃からずっと」

 「……これからもそのつもりだ。それを変える気はねぇよ」


 雄二はふと灯乃に向き直ると、真剣な双眸を彼女に向ける。


 「灯乃、俺と来い。あそこは危険だ」

 「楓先輩のことはまだ分からないけど、私は朱飛をまだ信じきれてない。雄二のことは疑ってないけど、でも……」


 灯乃も顔を上げると、曲げる気のない意思を見せるように彼を覗き込んだ。

 きちんと納得する言葉を聞かなければついて行かない、そういう目。

 やはりそうかと雄二は思うと、真っ直ぐ見つめてくる灯乃から目をそらした。


 「雄二?」

 「悪ぃが灯乃、今それを話してる時間はねぇらしい」

 「え?」


 雄二が諦めたように言葉を吐き捨てると、その瞬間、辺りから複数の黒い影が現れた。

 それは朱飛の仲間達、灯乃が気づいた時には既に囲まれていて、身体が硬直する。

 雄二と一緒にいることに安心して、油断していたのだろうか?

 逃げ道を塞がれて、灯乃はひどく後悔を覚えた。


 「雄二、勝手なことをするな。大人しくしていろと言っただろ?」


 影の一人が言う。


 「しょうがねぇだろ。こいつはちゃんと話さねぇとついて来ねぇんだから」

 「それはこちらで何とかするとも伝えた筈だ、余計なことはするな」


 雄二が指摘を受ける。

 どうやら雄二は、約束通り話し合おうとはしてくれていたようだ。

 しかしその猶予はなかったのか、それを止められていたのだ。

 雄二は舌打ちする。


 「雄二、これは……」

 「ごめん灯乃、説明は後だ。今は黙ってついて来てくれないか?」


 戸惑う灯乃の腕を強く握り、雄二は呟いた。

 しかし灯乃がそれに応えることはない。

 ついていけば、もう帰れなくなるかもしれないのだ――斗真のもとへ。

 顔を俯かせ、悲しそうな表情を浮かばせる灯乃に、雄二もどうしたらいいのかと頭を悩ませていると、影の一人が再び口を開く。


 「灯乃様、あなた様には一緒に来て頂きます。でないと、少々手荒な手段をとらざるを得なくなります」

 「私に手を出せば、仁ちゃんが三日鷺になって私を護りにやって来る。何処にいたって私に何かあれば仁ちゃんには私の居場所が分かるわ、それでも?」

 「えぇ。ですからあなた様には、それを解除して頂きます」

 「え、そんなことする訳……」

 「朱飛はここにはおりません」

 「……?」


 何が言いたいのか分からず、灯乃が眉を歪ませていると、影の男が彼女へ話し続ける。


 「朱飛は今、仲間をつれて斗真様をつけております」

 「…………え」

 「もしここへ仁内様が来られるのであれば、斗真様はお一人になられるのではありませんか?」


 男のその言葉に、灯乃はゾッとした。

 斗真も狙われていた、そのことに今更ながらに思い出す。

 そうだ、ずっと狙われていたのに、三日鷺の刀とその主である彼自身。

 だから護ろうとしていたのに。


 「そんな……っ」

 「仁内様が優先して護られるのは、確か――灯乃様ですよね?」

 「……!」


 灯乃の身体が震えだした。

 斗真が危ない。

 今ここで仁内を呼び寄せてしまったら、間違いなく朱飛は斗真を襲う。


 ――たった一人で、戦えない状態で、斗真は回避できるの?


 「斗真……」


 影達が一斉にクナイを構える。

 仁内にかけた命令を解かなければ、来てしまう。

 斗真が一人になってしまう。


 ――どうしたらいいの?


 そんな時、ふと春明の言葉が思い浮かんだ。


 “斗真君は戦えないけどそれだけなのよ? 誰かが側にいるより一人の方が、護る対象がいない分遥かに安全よ”


 ――本当に? 斗真は一人で大丈夫なの?


 答えが出ない。

 気持ちがかき乱されて、どうにもならない。


 「……そんなにあいつが大事かよ」

 「え?」


 すると、狼狽える彼女を見て、独り言のように雄二が呟いた。


 「あいつだってお前を騙してるかもしれねぇのに、あんな奴、放っておけばいいだろ? 何で気にかけるんだよ? それとも、それも命令されてるのか?」

 「雄二……?」


 腕を握る彼の手に力が篭る。


 「どれだけのもんをあいつに奪われてきたのか、もう忘れたのか? なのに良いように使われて、何でお前はあいつのこと……」

 「違うよ、雄二。斗真はいつだって周りを気にかけて、悩んで、苦しんでる。助けてあげたい、護ってあげたいのに、いつも私の方が助けられてる。斗真は優しい人だよ、信じられる人だよ」


 灯乃は何とか分かってもらおうと、雄二に精一杯言葉を紡いだ。

 いかに斗真が信頼できる人かを説明できれば、彼を助けてくれるかもしれない。

 それだけの思いで、灯乃は雄二に語り続ける。

 しかし。


 「……何だよ、お前は俺よりあいつを信じるのかよ」

 「え……私はただ……」

 「ずっと一緒にいた俺より、ずっと護ってきた俺より、あいつを」

 「雄二っ」

 「俺を説得しに来たんじゃなかったのかよ!」


 雄二の顔色が変わった。

 まるで憎々しい者を思い浮かべるような形相で、苦しそうに、悲しそうに怒鳴り声をあげる。


 「……やっぱり命令されてるんだ、お前は」

 「違う、そうじゃない」

 「もういいっ」


 雄二は灯乃の腕を引き寄せると、影の一人からクナイを奪い彼女へそれを向けた。

 灯乃は目を見開く。


 「雄、二……?」

 「仁内を呼び寄せるだけだ、少し痛むが我慢しろ」

 「斗真は? どうなるの?」

 「この状況でまだあいつのことかよ」

 「雄二っ!」

 「――知るかよ、あいつのことなんか」


 

 ――プチッ



 雄二の一言で、灯乃の中の何かが切れた。

 その瞬間、湧き出すような熱い何かが全身を駆け巡り、灯乃を開眼させる。


 ――それは、翡翠の瞳


 「灯乃……!?」

 「仁内への命を解く」


 ――仁ちゃんへ届け。私を護らないで、斗真を護って


 すると灯乃の姿が急に炎に包み込まれ、雄二は思わず彼女の手を離すが、すぐに炎が鎮まり灯乃を解放する。

 しかし次に雄二が見た彼女は、黒装束をまとった三日鷺。

 そんな彼女から仁内への命令を解除したことで、ほんのり黒さが抜けてグレーに近づく情景が、雄二の双眸に映り込んだ。


 「何で……? 灯乃は白に近づいていた筈なのに」

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