第107話

 結局、朝練では何の行動もとれず、ただの部活動として終わった。

 その後、灯乃は雄二を追いかけようとしたのだが、彼を待っていたのか再び6人の取り巻きによって、それは遮られる。

 もちろん教室内でもそれは変わらず、更には朝練での作業が堪えて、HRが終了して休み時間になった今で尚、灯乃は机に俯せてぐったりとしていたのだった。

 そもそもみつりのスパルタ指導が悪い。

 お茶配りや練習記録のつけ方、時間の計り方や怪我人の救護法など、初日にして徹底的に叩き込もうとしてきたのだ。

 それはみつりがもともと生真面目な性分で、仕方のないことなのかもしれないが。


 「――ありがたいけど、本末転倒だよね」

 「アンタ、雄二に近づければ、マネージャーの仕事なんてどうでもいいとでも思ってたの?」

 「えっ!?」


 そんな時、たまたま傍にいたのか、みつりの冷たい声が上から降ってきて、灯乃の頭がビクッと起き上がった。

 見るとやはりみつりからの軽蔑の眼差しが飛び込んできて、灯乃は狼狽える。


 「べっ別に、そういう訳じゃないけど……」

 「アンタ、私が協力してあげてる理由、忘れてない?」

 「……大会で雄二を優勝させること」

 「だったら、きっちり仕事してよね」

 「……はい……」


 やはりみつりには頭が上がらない。

 肩身の狭い思いで、灯乃は小さく返事をした。


 そんな二人のやり取りを、離れた自席で雄二は女子達に囲まれながらもこっそり眺める。

 話したかったのは彼も同じだったが、登校する前に言われた朱飛の言葉が思い出され、ただただハァとため息が漏れる。


 “――あなたはあの6人と学校へ行き、可能な限り一緒にいて下さい。あとは我々が策を講じます”

 “は? 何だよ、それ。それじゃあ身動きとれねぇじゃねぇか”

 “あなたが彼女達と約束したのでしょ? 唯朝灯乃に手を出さない代わりに、一週間彼女達の登下校につき合うと”

 “あれは大会後って話だ。それに登下校だけなのに、ずっと一緒になんていられるか”

 “一応、大会前という規定違反を犯すわけですから、それくらいのペナルティは必要でしょ?”

 “いらねぇよ! 俺は灯乃と話をしなきゃなんねぇのに、できなくなるだろうが”

 “それは彼女を無事連れ帰ってからです。何せ向こうには三日鷺が3人もいるのです、どんな命令をかけられているか分かりません。それに、彼女はあなたを連れ戻そうと動くでしょうが、斗真様も同じとは限らない。寧ろあなたが持つ三日鷺の欠片さえ手に入れば、あなたは不要のはず。今回は欠片を護ることだけに専念すべきです”

 “女子達もその欠片を護る盾って訳かよ。そんで俺は灯乃を誘き出す為だけの餌だと? けど俺はあいつに、会ってゆっくり説明するって言ったんだ。あいつだってちゃんと納得してからじゃねぇとついて来ねぇよ”

 “ならば好都合です。あなたと話す為に、彼女の方から一人になってくれるでしょう”

 “それはそうかもしれねぇけど”

 “それに、長引かせるとこちらが不利になります。あの方に本気を出される前に何とかして済ませなければ”

 “あの方?”


 雄二は朱飛が告げたその名の人を思い起こしながら、四方から流れる女子達のつまらない世間話にも耳を傾けず、次の授業の準備をしようと机の中に手を突っ込んだ。

 

 ――確かにあの人は、一筋縄じゃいかないかもな


 「ちょっと雄二君、それ何?」

 「あ?」


 そんな時、取り出した教科書の上にのせられている何かに気づいて、女子の一人が声をあげた。

 それを聞いて雄二も見ると、そこには見慣れない一通の手紙。

 しかもそれは、たくさんのピンクや赤のハートで彩られた、如何にも女の子が好みそうな可愛らしい封筒だった。


 「何だ、これ……あっおい」

 「見せて!」


 そのあからさまなラブレターに、当然女子達は目を血走らせながら取り上げると、素早く中身を確認する。

 もはやプライバシーも何もない。

 雄二もそう思うが興味も全くなかった為、わざわざ止める気もなく好きなようにさせていると、それを良いことに6人は、書かれた文面を堂々と読み始めた。



 ――雄二君へ

 前からとても格好よくて素敵な人だなと思っていました。

 そんなあなたを、私は陰ながらこっそり見ているだけでいいと思っていたのですが、今朝女子達と一緒に登校して来るあなたを見て、やっぱり気持ちを伝えようと思い、これを書きました。

 なぜなら、雄二君の迷惑も考えないで騒ぎ立てる稚拙な行動や低レベルの容姿をもった彼女達に比べたら、私の方が絶対にあなたに相応しいと思ったからです。

 大好きな雄二君へ。

 きちんと告白したいので、今日のお昼休みに体育館裏で待っています。



 「はあ!? 何なのっ、このふざけた手紙はっ!」

 「誰よ!? これを書いた奴は!」

 

 内容を読んで憤慨した女子達は、手紙を握り潰しながらも差出人の名前を探す。

 するとそこに書かれていた名前を見て、雄二は目を見開いた。


 

 ――きっと雄二君は来てくれると信じています。 はるめ

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