第106話
雄二は道場へ向かうと、少し遅れて女子更衣室の方からジャージ服の灯乃とみつりが現れ、つい目を向ける。
灯乃も彼に気づくが、駆け寄っていいものか迷っていると、みつりが何の躊躇いもなく灯乃の手首を掴み上げ、雄二のもとへと引っ張っていった。
「えっ、あのっ」
「もたもたしないで」
そんな行動に灯乃が慌てていると、その瞬間、周囲の空気に何処となく緊迫した何かが混じっているのに気づき、灯乃は意識を集中させる。
この感じはおそらく――
「朱飛の仲間が見てる?」
「当たり前でしょ。馬鹿なの?」
「うっ。そんなことない、と思うけど……」
「ちゃんと気にしてよね。アンタみたいな化け物なら、そんな気配も感じ取れるんでしょ?」
「化け物って……」
ひそひそと会話する中で、みつりの刺々しい発言が灯乃の心を毎度のように貫く。
けれどみつりが言うように、三日鷺になってからは何となくだが気配の流れが感じ取れるようになっていて、灯乃は無理やり納得させられるように気持ちを切り替えて意識をそちらへ傾けた。
確かに緊張感に溶け込む気配の中には、楓達のものも含まれるが、それだけではないものもある。
――さっそく見られている。一人……いや、二人?
「雄二、おはよう」
みつりが雄二の所までやってくると、灯乃を彼の目前に突き出す。
「今日からマネージャーが一人増えるから。でも、言っとくけど仮だから」
「そうか…………おはよう、灯乃」
やはりみつりが灯乃達と関わってしまったことを既に知っていたようで、彼女が灯乃を連れて来る様子にも驚くことなく雄二は呟いた。
「おはよう……雄二」
灯乃も挨拶を返すがそれ以上は無言のまま、しかし互いに何か言いたげな視線をかち合わせる。
現状でどこまで踏み込んでいいのか分からず、計りかねているのか、互いの仲間達も動く気配はないものの、いつでも動けるよう近くで見張っているようだ。
――これは……話しかけられない
灯乃はそう思いオドオドしていると、そんな時、部員の何人かがやって来てニヤニヤしながら二人をからかうように口を開く。
「お、新しいマネージャー?」
「雄二のカノジョ?」
「え、マジ? いつの間に?」
「おい雄二、カノジョ連れ込んでじゃねぇよ」
親しげに雄二の肩に腕を回し、口々に言いたい放題言ってくる部員達。
突如現れた第三者達の出現に、更に話をきり出すことができず灯乃も雄二もあたふたするが、みつりは慌てるどころかムスっとした顔で腰に手を当てる。
「違うから。ただの仮入部だから」
「何だよ、みつりちゃん。雄二とられてキレてんの?」
「キレてないから! それに二人はつき合ってないから!」
思わずムキになり声を張り上げるみつりだったが、そんな不機嫌な彼女に部員達は変に穿鑿(せんさく)してニヤける顔をやめない。
するとその時、主将である楓の声が響き渡った。
「全員、集合!」
それを聞くと、渋々なのか部員達は楓のもとへ集まっていき、雄二も引っ張られていく。
朝練が始まるのだ。
「……やっぱりこんな所じゃ、話なんて出来ないか」
遠くなっていく彼を見ながら、灯乃も膨れっ面のみつりと共に仕方なく向かっていった。
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