第105話

 雄二が道場へ近づく。

 女子達の声ですぐに分かり、同じ廊下の少し前を歩いていた灯乃とみつりがそちらを向くと、賑やかな中にいる彼と目が合った。それはほんの一瞬。

 けれど彼が灯乃に近づくことはなく、二人を通り過ぎていく。


 ――今は機会を待て


 そう言われたような気がした。

 

 「何あれ。雄二らしくないわ」


 いつもほとんど関わらないようにしていた取り巻きを引き連れている彼を見て、みつりが目角を立てる。


 「多分、朱飛に言われたんだと思う」

 「分かってるわよ、そんなこと。いちいち言わないでくれる?」

 「う……」

 「それよりアンタ、マネージャーとして入部するって本気?」


 みつりが春明から聞いていたことを思い出し、余計に眉をつり上げて灯乃に訊ねると、そんな彼女の反応を見て灯乃は少し罰が悪そうに頷いた。


 「その方が雄二と話すチャンスが作れそうかなって」

 「私、嫌なんだけど?」

 「え゛」

 「“仮”入部にして。卒業までアンタと一緒なんて、絶っ対嫌だから」

 「え……はい……」

 「分かったら、さっさとついて来て」

 「はっはい!」


 灯乃に八つ当たりするようにみつりは不機嫌さを露にすると、足早に更衣室へ歩いていった。

 何だか勝手に決められてしまい、どうせなら最後まで雄二を近くで応援したいと思っていた灯乃の考えがあっさり打ち消される。

 もちろん、そんな灯乃が慌てて追いかけても、みつりが後ろの彼女を気にかけることはなかった。

 ここまで毛嫌いされると、本当にこのまま雄二に近づいていいのかと疑ってしまう。


 ――そんなに私は、雄二の妨げになってるのかな?


 いつも助けてくれる彼だから、甘えすぎていたのかもしれない。

 灯乃は、雄二との今後の関わり方をひっそりと考え始めた。


 *


 「雄二」


 男子更衣室で、雄二は楓に声をかけられた。

 流石に女子達が更衣室まで入ってくることはなく、解散となったのか雄二が一人になったのだが、それでも彼の落ち着きはらった様子に、楓もすぐには行動に移さず警戒するに留める。


 「灯乃様のところへ戻る気はないのか?」

 「あいつは俺のとこに来るんだよ。あの場所から離れてな」

 「今のお前は一人だ。無理やりにでも連れて行けるのだが?」

 「俺を狙えば、春明さんが来ちまうんじゃねぇのか?」


 雄二は慌てることなくいつも通りにロッカーを開けると、道着に身を包みながら淡々と話し続ける。


 「部外者が突然入ってきたら騒ぎになるし、それに春明さんは俺を護ることになる。いくらアンタが俺を捕らえようとしても、それを阻む者としてな」

 「……」

 「否定しねぇってことは、まだ命令は解除されてねぇんだな。ひでぇ奴だな、斗真は」

 「そうではない。春明様ご自身がそう望まれたのだ。お前を見つける為に使って欲しいと」


 楓は話し合いをした時のことを思い出しながら雄二に弁解するが、聞き入れていないのか、雄二は乾いた笑みを浮かべて楓に向き直った。


 「どうだかな。案外あいつが黒幕で、アンタに俺の家を燃やさせたのだって、斗真なんじゃ……」

 「違うっ、あれは――」

 「あれは? 何だよ?」


 雄二の目の色が変わり、酷く楓を睨みつけた。

 家を放火されたことへの憎悪が色濃く顔に表れていて、楓は返す言葉もなく俯くと、そんな彼の様子に雄二は苛立ちを覚えながらもグッと堪えて、バタンとロッカーの扉を閉める。


 「まっいいけどな。何を言われたって、俺はアンタを信じねぇ。俺の家を……父さんと母さんがいるあの家を燃やしたアンタの言葉なんか、絶対にな」


 雄二はそう吐き捨てると、もう話すこともないと思ったのか、さっさと部屋を出て行った。


 ――このままにはさせない。

 灯乃は必ず取り戻す。

 あいつを護るのは――俺だ。

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