第100話

 携帯電話を握り締めながら、灯乃は戸惑った。

 雄二からの連絡、まさか掛けてくるなんて。

 でもやっぱり声が聞きたい。

 そう思うのは至極当然なことで、灯乃はゆっくりとそれを繋ぐ。


 「……もしもし……雄二?」

 「――灯乃、今一人か?」


 雄二の声だった。

 それだけで涙が出そうになる。

 灯乃はそれを堪えるようにグッと瞼を閉じると、一呼吸おいてからその声に聞き耳をたてる。


 「誰もいないよ。それより……早く帰ってきて」

 「……それは出来ない」

 「どうしてっ」

 「あいつは……主将は信用できない」


 雄二は僅かに怒りを潜めた声で、何とか静かに答えた。

 彼がそんな風に感じてしまうのは、灯乃にも理解できる。

 楓は雄二の家を放火し、そしてそれを認めているのだから。

 けれどその時の彼の辛そうな表情も、灯乃は覚えていた。


 「分かってる、雄二の家を燃やしたって。でも、きっと何か理由があるんじゃ……」

 「何だよ、その理由って?」

 「それは……分からないけど」


 灯乃は黙り込んだ。

 放火した理由が聞き出せていたなら、今雄二を説得できていたのかもしれない。

 けれどそれは、灯乃にも分からない。

 何も答えることができない歯痒さが彼女を襲っていると、そんな灯乃に痺れを切らした雄二が決心するように名前を呼んだ。


 「灯乃。そこにいると危険だ、俺と来い」

 「でも、それは……」

 「お前のこと、朱飛から聞いた。三日鷺に身体を乗っ取られようとしてるんだろ? でも――それから解放する方法はある」

 「え……?」



 *



 灯乃は思わず部屋を飛び出た。


 “聞いてないのか? やっぱりあいつらは信用できない”

 “どういうこと?”


 通話を切る前に、雄二は言った。

 三日鷺から解放し救い出す方法があると。


 “俺は明日学校に行く。だから灯乃、お前も明日出て来い。会ってゆっくり説明する”


 灯乃は途切れた携帯電話を握り締めて深く悩んだ。

 雄二は自身を救う為に迎えに来ると、考えていいのだろうか?

 少なくとも彼はそのつもりだ。

 でも朱飛は?

 灯乃を三日鷺から解放する手段を雄二に教えているというなら、彼女もそのつもりだと決めつけていいのだろうか?

 けれど、灯乃の家を燃やしたのは恐らく朱飛。

 雄二と同じで、自宅を放火した人物を信じることは灯乃にもできない。

 だいたい、解放する術が本当にあるのかも分からないのだ。


 「どうしたらいいんだろ……?」


 灯乃の足が、自然と動き出す。

 こんな風に迷った時、彼女の向かう所などいつも一つだ――それは斗真の部屋。

 彼に訊いて確かめてみればいいのだ。

 灯乃は当たり前のように廊下を突き進んでいった。


 それを影からみつりが見ていたことにも気づかないで。


 しかし灯乃の目に斗真の部屋が見えると、直前で足を止める。

 来てしまったものの、何と言って切り出せばいいのか分からなかったのだ。

 三日鷺から解放される方法があるのかと、率直に訊けばいいのだろうか?

 いや、それでは怪しまれる。

 第一、それでは雄二と連絡がとれたことを伝えなければならなくなる。

 そもそも伝えるべきなのだろうか? 隠すべき?

 それすら頭を抱えるべき事項だった。


 「どうしよう」


 別に斗真を疑っている訳ではない。

 けれど全て伝えてしまったら、何だが雄二を裏切ったような気になってしまうのだ。

 かといって、このまま何もしないで引き返す気にもなれない。

 灯乃は近くの柱にしがみつくようにして、斗真の部屋を恨めしそうに眺めていると、


 「……あ」


 突然襖が開き、半ば呆れたようにこちらを見る斗真と目が合った。


 「何をしてるんだ、お前」

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