第99話
ようやく夜を迎え、夕食を済ませると、皆それぞれ自由に過ごした。
そんな中で春明がこっそりと斗真の部屋を訪れると、彼の顔色を窺うように神妙な面持ちでゆっくりと声をかける。
「――どうして、灯乃ちゃんの登校を許したの?」
特に何かをしていた訳でもなくくつろいでいた斗真は、ただ僅かに視線を春明に向けるだけだった。
しかしその視線をしっかりと見る勇気が出せないのか、春明はそれから目を逸らしてしまうが、それでも本心が知りたくて、言葉を続ける。
「知ってるんでしょ? あたしがあの子にしたこと。心配にならないの? あの子があたしと一緒に行動すること」
「何か問題があるのか?」
「何かって……」
「お前がいれば灯乃は安全だと思ったし、あいつには万一に備えて幾つか武器も持たせた。お前が得意とする暗器だ、大きいものよりは扱いやすいだろうし、仕込みやすい。暇があれば教えてやってくれ」
「斗真君っ!」
まともに取り合ってくれていないような気がして、春明は思わず声を張り上げた。
その声に、斗真もついに顔を向ける。
「春明。お前がどういうつもりであの眼を使ったかは知らないが、そんなことはどうでもいいことだ」
「どうでもいい!? そんな訳ないでしょ? だって、あの子はあなたにとって――」
大切な人、と言いかけて春明は止めた。
認めたくなかった。
口に出してしまったら、認めてしまうような気がして嫌だった。
斗真にとって灯乃が一番の特別だなんて。
悔しいが、春明は全てを吐き出してしまいたい気持ちを何とか抑えて、ひと呼吸置いた。
「斗真君、あなたはいったい何を考えてるの?」
「別に何も。ただ――」
「ただ?」
春明が真実を見極めようと斗真を見つめると、そんな斗真の顔が翳りを見せ俯いた。
「楓から雄二のことについては聞き出せなかった。その話は、俺が三日鷺の欠片を回収してお前たちと合流できてからだと。叔母上にもそう言われたんだ」
「え……」
「だから、今の段階では彼らをどこまで信じていいか分からない。俺自身でさえ、こんな状態じゃあてにはならないだろう。そんな中で唯一信頼して灯乃を任せられるのは、春明――お前だけだと思っている」
「……!」
その言葉に、春明は絶句した。
何か魂胆が隠されているのではないかと疑っていたのが、急に弾けて浄化されていくようだ。
信頼という斗真のたったその一言で、春明の中へぶわっと風が吹いたように、清々しさが舞い降りる。
「お前のその傷を見るたび思う。お前にそんなものをつけさせてしまった己の不甲斐なさと、そこまでして俺を救ってくれたことへの感謝を」
「斗真君……」
「だから俺はお前を疑わない。そんなお前が灯乃に対して何かをするというのなら、きっと何か意味があってのことなんだろう。そう信じる」
「……それで灯乃ちゃんがどうなっても、斗真君は納得するってこと?」
「俺は灯乃も信じている」
はっきりとした答えが春明のもとへとふって来た。
信じるなんて、不確かなものである筈なのに、斗真がそう言うとどうしてか疑いようもないものへと変わる。
求めていた答えだったのかもしれない。
春明は、灯乃も信じていると聞いても腹立たないほど、自身のすることにきっと意味があると言われたことがとても嬉しかった。
信じていても斗真が頼れるのは、自分一人だと。
「フッ……信頼なんて、随分甘えたことを言うようになったじゃない」
「情けないとは思っている」
以前の斗真ならば、決して口にしなかった言葉だった。
誰かに頼らずとも一人で大抵は解決できる、それだけの力を持っていた筈だった、彼は。
それなのに、今は――
「春明、改めて灯乃を頼む」
そんな彼に畏まって下手に出られると、どうも調子が狂ってしまうのか、春明は少し気恥かしさを感じながらも小さく笑みをこぼした。
――ホント、あたしもあなたには随分甘くなったわね。けれどこれでもう、あたしに迷いはなくなった
春明は静かに部屋を後にすると、真っ暗な闇夜の中でひっそりと細長く輝く月を見上げた。
三日月だった。
――あたしが彼女を見極める。斗真君に必要なのかどうかを
*
「――うっ……こうなってしまったか……」
その頃、灯乃は。
自室に並べられた二つの布団に、気まずさを感じずにはいられなかった。
一つはもちろん灯乃のものだが、もう一つはみつりの為に用意されたもの。
部屋が空いていない訳ではないのだが、まだみつりに信用が持てない為に極力彼女を一人にさせないよう配慮されたことだった。
それで何故灯乃と同室なのかというと、考えるまでもない。
同性が灯乃しかいなかったからだ。
さすがに亜樹と同じにする訳にもいかず納得せざるを得ないが、どうにも気まずい。
みつりは灯乃を毛嫌いしているし、灯乃も彼女を巻き込んでしまった立場上、どうしたって頭が上がらず弱気な姿勢になる。
――息苦しい、辛い。この先やっていけるのだろうか?
灯乃は苦悩する頭を抱えて布団に転がった。
今みつりは湯を使っていて、本当なら灯乃も一緒だったのだが、やはり居心地が悪くて逃げるように先にあがってきたのだ。
皆に知られたら、同室の意味がないと怒られてしまうだろうが。
「はぁ……」
何度目の溜息だろうか。
灯乃はその重苦しさに耐えられず枕をぎゅっと抱きしめると、ふと視界に入った制服を何気なく見上げた。
灯乃のものと一緒に並んでハンガーにかけられているみつりの制服。
こんな状態で、彼女と一緒に登校なんてできるのだろうか?
「……はぁ……」
再び溜息が漏れる。
するとその時、
――ブルルルッ
灯乃の携帯電話が突然震え出し、誰だろうかと画面を覗くと、そこに表示された名前を見て灯乃は固まった。
「え……っ」
映し出された名は――雄二だった。
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