第98話

 「――以上が、あなたに教えられる最低限度の情報よ」


 春明はみつりに説明を一通り終えると、ふぅと息を吐いた。

 最低限度とは言うものの、結局のところはほとんどの情報を提供することになってしまった。

 斗真の考えとはいえ、春明は頭を抱えたくなる。

 一方でみつりも、眉間に皺を寄せながら聞き終えると、頭痛を覚えたかのように額をおさえた。


 「とてもじゃないけど、信じられない話ね」

 「別に信じてもらわなくて結構よ。要は私達の邪魔にならなければいいだけだから」

 「あいつ、やっぱり疫病神じゃない。ホント、周りのいい迷惑」


 やはり灯乃が気に入らないのか、みつりは相変わらずの嫌味を吐くと、そんな目の敵にするような彼女の口ぶりに、春明が僅かに目を凝らして訊ねた。


 「みつりちゃんって、随分と灯乃ちゃんには手厳しいのね?」

 「……いつも雄二の邪魔ばかりするからよ。ウザいったらないわ」

 「ふーん……ねぇ、その肩の傷はどうしたの?」

 「荷物の整理で怪我したのよ。本当にツイてないわ」

 「……そう」


 何か引っかかるのか、春明は薄らと目を細めて静かに口を噤んだ。

 どうやらみつりを完全に信用している訳ではないのだろう。

 それは、彼らしい用心深さ。


 「それよりこれからどうするの? 準備って何をするのよ?」


 今度はみつりが訊ねてくると、春明は軽く顎を突き上げてうーんと考える素振りを見せた。


 「そうねぇ。とりあえずあなたはご家族に連絡、かしら?」

 「は? 何それ」

 「騒がれたら厄介でしょ? 早めに手を打っとかないと」

 「それなら平気よ。いつも仕事で家には帰ってこないし、私が何をしていようが無関心よ。一週間は気づかないわ」

 「あら……それは結構」


 暫く自由が利く身の彼女に、好都合ではあるものの、その分訝しく思う春明。

 するとその時、襖を挟んだ外から楓の気配がして春明を呼んだ。


 「仲間と連絡が取れました。やはり春明様のご予想通りです」

 「そう」


 畏まって静かに話す楓の影に、みつりは彼が本当に隠密で緋鷺家の使者なのだと目を丸めるが、その一方で春明は考えが的中していたことで少し口端をつり上げる。


 「みつりちゃん、これからの予定が決まったわ。あなたの予定は、今日ここに泊まって明日灯乃ちゃんと一緒に普通に登校すること」

 「……は? どういうこと? 登校って、雄二は?」


 *


 「――雄二が、学校に来る……?」


 灯乃は亜樹達と通路を歩きながら、斗真に訊ねた。

 

 「あぁ、ついさっき報告が入った。考えてみれば、あいつの家が放火されたことは公にはされていないが、あいつ自身が学校に何日も来ないとなれば、そのうち騒ぐ者も出てくる。部活では優勝候補とまで言われているんだろ? だったら尚更、みつりのようなマネージャーもいることだし、学校を休む訳にはいかない筈だ」

 「それはそうかもしれないけど……」


 そう都合よく出てきてくれるものなのだろうかと、灯乃は少し疑いを持ちながら聞いていると、前を歩いていた亜樹も斗真に賛同するように口を開いた。


 「それに彼はあなたを迎えに来る気でいるのでしょ? 誘き出すなら、ガードが一番手薄になる時を狙う筈よ」

 「それが、学校?」

 「俺や春明もいるここより狙い易いからな。それに校内となれば、朱飛の手の者も何人か入り込んでいるのは間違いない。雄二が来ることを知れば、お前も必ず行くと言ってきかないだろうし、連れ去るには絶好の場所だ」


 確かに、と二人の言葉で灯乃は納得すると、自然と辺りの景色を見回した。

 今は穏やかだが、昨夜は酷く荒れたものだったことを思い出す。

 それでも皆が守ってくれたから、こうして自分は大事なく済んだ――そう、雄二が守ってくれたから。


 「……明日、来るのかな?」

 「そう聞いている。もしかしたら、みつりがこちら側にいることを知らず、彼女が騒ぐことを予期して行動したのかもしれないが」

 「まずないでしょうけどね」


 朱飛の情報網の凄さを理解している二人にとっては、その可能性の低さにすぐさま否定の意思すら覚えているようだったが、それでも別の可能性を見出しているのか、亜樹が目的の場所へと灯乃たちを誘った。


 「明日動くかどうかはさておき――とりあえずね」


 亜樹はそう言って、灯乃と斗真をとある薄暗い階段へと案内した。

 それは地下への階段。

 

 「ついて来て」


 彼女にそう言われて二人は後をついて降りると、そのまま階段を降り切るのかと思いきや、途中で立ち止まった亜樹の手が壁の一画に触れた。

 すると僅かに窪みができ、更に押すと中から鍵穴が現れ、亜樹が何処から取り出したか鍵をそれに差し込む――隠し扉だった。

 そうして開かれた新たな通路に灯乃は吃驚するが、亜樹たちが何の躊躇いもなくその中へと入っていくと、彼女も慌ててそれについて行く。

 思った通り、中も薄暗くて灯乃が身を縮めていると、斗真が黙って腕をひき、さりげなく導いてくれた。

 そうしている間に辿り着いたのか、亜樹が壁のスイッチを押すと目の前の空間が一気に明るくなった。

 

 「! ……ここって……!」


 灯乃が目を丸くさせて見入るその先は、本来なら全く関わることのない筈だった武器たちが数多く貯蔵された地下倉庫だった。

 刀をはじめ、槍や弓、手裏剣やクナイといった様々な種類の武器が収められており、灯乃は思わず息を呑む。

 そんな場所に連れてこられたということは、もしかしなくともこれからに備えて武装させるつもりなのだろう。

 灯乃は途端に不安になって竦む。


 「ないよりはいいでしょ? 斗真さんが側にいないのであれば、あなたはその身を自身で守らなければいけないのだから。さて、どれが一番適してるかしら?」

 「うっ……どれも私には分からないんだけど……」

 「春明がついている。あいつに習えばいい」

 「えぇっ!? 私そんなに運動神経良くないよ!?」

 「大丈夫よ。同化が進めば、訓練しなくても自然と身体が動くようになるわ」

 「え゛……それって良いことなんですか?」


 何処となく無責任な二人の発言に、灯乃の不安は更に広がり、意識が遠退くようだった。

 確かに足を引っ張りたくなければ、武器の一つでも扱えた方がいいに決まっている。

 斗真がいないなら尚のこと、守ってもらうしかないのだ。

 とはいうものの、同化のスピードが如何程かも分からないのに、すぐに使い物になるかも灯乃には怪しいものだった。


 「……とりあえず、頑張ってはみるけど」


 自信の無さが彼女の言葉と表情に表れるが、それでも構わないと斗真と亜樹は頷いた。

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