第91話

 ――ダダダッ!


 灯乃と斗真がいる雄二の部屋の前の廊下を、けたたましい足音が駆け巡った。

 そしてその勢いのまま、仁内が部屋に飛び込んでくる。


 「ここか! 灯乃…………って!?」


 彼は何をそんなに慌てているのか。

 仁内は、灯乃が斗真と抱き合っている様子を目の当たりにして、頭を殴られたかのようなショックを受けた。


 「今度はてめぇかよ、斗真っ!」

 「? 今度は、とは何だ?」


 春明とのやりとりの後だからなのだろう。

 斗真も灯乃に対して何かしたのではないかと仁内は憤慨するが、そんな中で灯乃は、また彼に恥ずかしいところを見られてしまったと、穴があったら入りたい気分に赤面した。

 だが、それでも斗真の身体が離れて温もりが失くなると、途端に寂しさが勝ったように思う。


 ――もう少し感じていたかったな


 「それより何だ、騒々しい」

 「うっせぇ。また変な身震いがしたから、来てやっただけだろ」


 仁内はそう言うと、同じように頬を赤らめてチラッと灯乃を見た。

 そうだった。

 灯乃の感情が荒れると、それが彼女の三日鷺である仁内にも伝染するのだ。

 もしかしたら春明の時もそうだったのかもしれない。

 彼は大丈夫なのかと伺うような視線を彼女に送ると、灯乃はそれを察して微笑んだ。


 ――大丈夫だよ


 そんな無言のやりとりを、斗真は密かに目端をつり上げ睨む。

 一方で灯乃は、仁内が心配してくれているのが伝わり嬉しく思う反面、気をつけなければと思った。

 また余計な気苦労をかけてしまう。

 ただでさえ生傷が絶えないのに、彼の方が心配になってしまうではないか。

 灯乃はそう思うと、なるべく不安になるようなことは考えないようにしようと決めたのだが、そう決心したのも束の間、仁内が不穏な問いかけを口走った。


 「斗真、これからどうするつもりなんだ?」


 周りの空気が一瞬澱む。

 灯乃を救う方法は亜樹から聞き出せたが、それを二人に話していいものなのか斗真は迷っていた。

 それを灯乃が聞けば、罪悪感と周りからの必要性を考えて、星花を優先すべきと結論づけてしまうだろう。

 いつ消えるかも分からない恐怖の中で必死に闘い、そしていずれ訪れた闇の迎えに震えながらも笑って逝ってしまう、そういう少女だ。

 そんなことはさせたくないし、させない。

 斗真のその意思は、先程彼女にも告げたばかりなのだ。

 では、仁内はどう答えるだろうか?

 彼ならば、恐らく――


 「斗真?」


 灯乃が様子を伺うように斗真を覗き込んだ。

 彼の顔色が少し悪いように思う。

 無理もない。

 斗真はきっと、またいろんなことを一人で抱え込んでいるのだ。

 彼はいつだって助けてくれる、護ってくれる。

 そんな彼だから一人で背負わないで、少しでも分け与えてくれたらいいのにと、灯乃は思っていた。


 「あのね、斗真」


 灯乃は口を開く。


 「星花さんを助けに行かない?」

 「「……!」」


 まるで斗真の頭の中を読み取ったように、灯乃の口から彼女の名前が出てきた。

 

 「……なぜそんなことを?」

 「もともとそれが目的だったでしょ? 星花さんだって三日鷺にされてるんだし、急いだ方がいいじゃない。独りで怖い思いしてるかもしれないし」

 「灯乃……」

 「俺は嫌だね」

 「えっ」


 そんな時、仁内が目を一段と吊り上げて呟く。


 「なんでリスク背負ってまで、あんな奴を助けに行かなきゃなんねぇんだよ」

 「従兄妹でしょ、心配じゃないの?」

 「心配じゃねぇ。いいか、灯乃。あいつは本家にいるんだぞ? 間違いなく三日鷺にならなきゃ助けられねぇとこだ。下手すりゃ俺らが黒になっちまう。そこまでして助けてぇなんて思うかよ」


 仁内はきっぱりと言い切ると、斗真を睨みつけた。

 だいたい星花を助けたいのは斗真だけだ。

 彼個人の都合だけで灯乃を黒にするなんて、そんなふざけたことは許さない。

 口では自身のことを優先しているように語るが、内心は灯乃のことを考えているのだと、仁内は敵視するような目でそれを斗真に訴えた。

 もちろん彼もそれに気づいて睨み返す。

 そんなことは分かっていると。

 しかし、その時。

 

 「だったら、尚更だよ」

 「え……?」


 斗真たちの思いとは裏腹に、灯乃がポツポツと言葉を紡ぎ始めた。

 二人に目をやりながら、その決心を強く声にのせる。


 「斗真はいつか必ず星花さんを助けに行く。本家がそんなに危ない所なら、斗真を一人でなんて行かせられない。それに、私も一緒に行きたいの。一緒に行って、一緒に戦いたい。このまま何もしなくてもどんどん黒に近づいてくのなら、私が使える内に星花さんを助け出して欲しいの」

 「灯乃……」

 「斗真と約束したの、一緒に行くって。だから――星花さんを助け出すことは、私の目的でもあるの」


 灯乃は立ち上がって仁内の方へ歩いていくと、そっと彼の手を取った。

 まっすぐで迷いのない瞳が見つめてくると、仁内は思わず固唾を呑む。


 「一緒に行こう、仁ちゃん」

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