第81話
「――雄二……?」
ぼんやりと目覚めていく思考をゆっくりと動かしながら、灯乃は雄二の声に耳を傾けた。
「雄二、テメェ何言ってんだ!? どう見ても騙してたのは朱飛だろうが!」
仁内が彼へ怒鳴り声を上げる。
けれどそれは雄二の中までは届いていないのか、全く見向きもせずに主将の方を睨み付ける。
「訊きたいことがある。俺の家を焼いたのは――主将達ッスか?」
「――!?」
そんな時、突拍子もなく雄二は問いかけた。
彼以外の者達は皆、どうしてそういう考えに至ったのか、当然疑問だったに違いない。
けれど朱飛は、ふと頭の中で陽子の存在がちらつくともしやと目を見張る。
「テメェ何言ってやがる! こいつらが何でそんなことすんだよ!」
仁内は完全否定し、同意を求めるように主将らを見た。
何故、彼らが雄二の家を燃やさなければならない?
動機など、何一つとして見当たらないのだ。
だからなのか、仁内は堂々と強気な態度で言い放つが、しかしその時、主将らはそんな彼の視線から逃げるように目を背けた。
じわりと歪みが生じる。
「おい……どうしたんだよ?」
「…………やむを得ないことでした」
「……は?」
その一言に、皆が絶句した。
決定的な肯定。いったい何故?と、誰もが脳内で繰り返す。
すると沈黙の中、雄二が悔しそうにギリリと歯を噛み締め、怒りの双眸が殺気付く。
「何だよ、それ……やむを得ないってなんだよ!? あの時っ、あの中にはっ、父さんも母さんもいたんだ! 殺すつもりだったってことかよ!?」
「そうじゃない! あれは……!」
「灯乃の家にもおばさんがいたのにっ……!」
「それはっ……!」
違う、主将は答えたかった。
確かに雄二の家を放火したのは自分達だが、灯乃の家はおそらく朱飛が燃やしたのだ。
そう口にしたかったが、その瞬間、周りが急に煙幕に囲まれた。
朱飛が仕掛けたのだ。
「雄二、一旦引きましょう。今はこちらが不利です」
「待て、雄二!」
「雄二君!」
皆の雄二を呼び止める声が響く。
しかしそんな声達に雄二は耳を傾けることなく、ただ弱々しく凝望していた灯乃だけを見るように顔を向けた。
「待ってろ、灯乃。お前は必ず助け出してやる。この欠片も、絶対ぇそいつらのいいようになんかさせねぇから」
「……雄二……」
その言葉を残すと、雄二は朱飛と共にその場を後にした。
煙がなくなり辺りが見え始める頃にはもう彼らの姿はなく、斗真は落胆した思いのまま腕の中の灯乃を見つめた。
訳の分からない状況の中で目を覚まして、理解する前に雄二は去っていった。
灯乃の思考ではそんなところなのだろう。
混乱することもままならない様子で、灯乃は目をかち合わせる斗真に首を微かに傾げると、意識が保てなかったのか、再びその重い瞼を閉じた。
そこへ仁内と春明も集まってくる。
「くそっ、雄二のやつ」
「とにかく二人を追跡しないと。任せていいかしら?」
「勿論です」
主将らも集まってきて、春明の視線にすぐにでも動いて数人が追跡に消えた。
すると春明は周りの地面を見回す。
「やられたわね。三日鷺の欠片がないわ」
「奪われたか」
春明の声に、斗真は呟いた。
これで元々持っていた雄二の三日鷺の欠片ともう一つ、二つも朱飛の手に渡ってしまったということになる。
しかもその内の一つは特別な欠片。
手に入れば、斗真にかけられていた命令は消え、以前の強さを取り戻せたというのに。
「どうするの?」
春明の問いかけに、斗真は静かに眠る灯乃を悲しげに眺めた。
――またお前を傷つけてしまう。何をやっているんだ、俺は
「斗真君?」
「……とにかく、戻る。叔母上のことも心配だからな、話はそれからだ。洗い浚い話して貰うぞ?」
斗真はそう言うと、主将らの方を向いて目を細めた。
その強く屈服させる瞳に、彼らは自然とひれ伏し頭を下げる。
しかしその瞳の奥に、春明は疲れと悲痛を隠し込んでいるように感じて怪訝に思った。
「……」
すると、その時。
「……なっ……何なの、あなた達……」
小さく震えた声が聞こえて皆が振り向くと、そこに怯え切った目を見開くみつりの姿があった。
*
屋敷へ戻ると、亜樹は自室の布団に眠らされていた。
どうやら使用人達が倒れている彼女に気づいて用意したようだ。
帰ってきた斗真達へ詰め寄るような迎え方をして、彼らを余計に疲れさせた。
「灯乃を寝かせる。準備しろ」
「えっ、はっはい」
そんな使用人達を見かねてか斗真が灯乃を抱えながら言うと、彼らは慌てて彼女の部屋へと走り、その後を追うように斗真達も歩いて向かった。
「……目を覚ましそうにないわね。無理もないけど」
準備を終え、灯乃の部屋から使用人達が退室していく中で、春明だけが中に残り側で彼女の様子を伺う。
半分襖を開けた外の廊下では、仁内が柱に寄りかかって腕を組み、斗真が庭先に集まり膝をつく主将らを見下ろすように座っている。
「なあ、斗真。話の前に……どうすんだよ、あれ」
仁内がふと部屋の中に目をやり、斗真に訊ねた。
灯乃の部屋で眠っているのは彼女一人ではない。
もう一人、みつりもまた横に布団が並べられ、そこに眠らされていたのだ。
「仕方ないだろう。あのまま放っておく訳にもいかない」
「ちっ」
あの時、いつ意識を取り戻したのかは分からないが、事のやり取りを目撃してしまったみつりに、春明が一瞬で背後に回り込んで一撃食らわせ、気絶させたのだった。
「学校内で騒がれても迷惑でしょ? それより部活の方は大丈夫だったのかしら? 急に三人も抜けちゃって」
「問題ありません。もしもの時の口実を幾つか用意しておりましたので」
傅いたまま、主将である彼は余裕のある表情で口を開いた。
そう、問題視するところはそこじゃない、これからなのだ。
仁内が神妙な面持ちで訊く。
「三日鷺で斬って黙らせるのか?」
「それはできない」
「……黒になるかもって話か?」
「あぁ……」
決して他人事ではない話に、仁内であっても慎重に言葉を選ぶ。
斗真もそれを感じ取ってか、彼らの身を案じて口を紡ぐ。
「これ以上、三日鷺は増やせない。それにその話が本当なら、すぐにでも三日鷺となっているお前達を解放すべきなのかもしれない。いつ影響が出るか、分からないからな」
「少なくとも灯乃ちゃんは早く解放すべきなんじゃない? 紅蓮の三日鷺と同化しきっちゃったら、もう解放できなくなるかもしれないし」
春明が灯乃を眺めながら、斗真に続いて口を開いた。
確かにあんな危険な奴と灯乃を同化させたくない。
斗真もそう思うが、ふと何か別の感情が彼に待ったをかけた。
――もし灯乃を解放したら、あいつは俺から離れていったりしないだろうか?
灯乃の帰る場所はもうない。
ここからいなくなるとは考え難いが、それで彼女は一番近くにいてくれるのだろうか?
「斗真君?」
「……いや、何でもない。確かにその通りだ」
愚問だ。
斗真はそう思った。
今はそんなこと考えている場合じゃない、そもそも彼女が黒になっては元も子もないのだから。
「斗真様」
しかしその時。
主将が斗真の方へと顔を上げ、少し言い難そうに声をかけてきた。
その様子に、斗真はあまり良くない発言をしようとしてるのではと危惧する。
それが当たったのか否か、目下の彼は口を開いた。
「灯乃様は……間に合わないかもしれません」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます