第80話

 「紅蓮の三日鷺……!? 何てことだ……」


 主将らは美しき紅い鳥を前に茫然と立ち尽くした。

 彼女が出てきてはもはや勝てる気がしない。

 斗真が呼び出したのだろうか、仁内は再び困惑した。


 「あいつが出てきたってことは、朱飛が正しいのか……?」

 「ほらな! やっぱりあいつらは俺達を嵌めようとしてたんだ!」


 戸惑う仁内をよそに、雄二ははっきりとした敵対心を主将らに向ける。

 その様子に、彼らはやむを得ず雄二に武器を構えるしかなかった。


 「くそ、亜樹様はどうなされたのだ? 我々はいったいどうすれば……」

 「我に逆らう下衆共よ、我が炎の前にひれ伏せ!」


 三日鷺が力強い言霊を放ち、大きく炎を燃え滾らせた。

 見開く翡翠の双眸に紅い光が差し、その瞬間仁内の身体に電撃が走る。

 まるで稲妻が直撃したような衝撃を感じ、全身に三日鷺の力がこみ上げてくる。

 すると途端に、仁内の身体は勝手に駆け出していった。


 「待て、俺はまだ……っ」


 身体が勝手に動かされる。

 仁内は己の意思とは関係なく、主将らへ向かって攻撃を仕掛けてしまった。

 戦斧が凄まじい威力で彼らを狙う。


 「仁内様!」

 「ちっ、ひとの身体を何度も勝手に! こうなりゃヤケだ!」

 「俺も遅れを取る訳にいかねぇ! いくぜ!!」


 仁内に続いて雄二も攻撃を仕掛けていく。

 広範囲で攻められる仁内に大半を任せることにはなるが、雄二は敵の頭であろう主将に目標を定めて形を見せた。


 「主将、アンタは良い先輩だと思ってたんだけどな」

 「雄二……このままでは手遅れになる」

 「無駄だぜ。灯乃は渡さねぇ、あいつは俺が護る」


 雄二は意気込んで、主将に向かって走る。

 しかしその時、二人の間にクナイが一本跳んで来て、思わず足を止めた。

 これは朱飛のクナイ。

 彼女が雄二の側に現れる。


 「雄二、この者は私が引き受けます。あなたは三日鷺様と安全な場所へ」

 「え? でもっ」

 「彼女を護るのでしょ? 行って下さい」


 朱飛は無数のクナイを構えると、主将に向かって投げ放った。

 戦いの場を女に任せて立ち去るというのも気が引けるが、灯乃を優先することを考えると、雄二は彼女の意見に従い、紅蓮の三日鷺の元へ向かう。

 一方で朱飛の行動に、主将は攻撃を避けながら気づいた。

 そしてその奥に小さな光を見る。


 「なるほどな。だとしたら、我らにもまだ勝機はあるか」

 「……」


 主将はクナイを鎖分銅でなぎ払うと、一方の手で短剣を雄二に向かって投げた。

 しかしそれは簡単に彼に躱される。

 だがそれでいい、雄二に届きさえすれば。

 主将はニッと薄笑いを浮かべると、懲りずに幾つも短剣を雄二に投げ続けた。

 その幾つかは朱飛に止められたが、全てを抑えることはできず、雄二へ流れていく。

 だがそのどれもが大した攻撃ではなく、雄二が止める。

 最後の一つも彼が止めようとしたが――その瞬間、盤面が変わった。


 「――来た」

 「しまった……」


 その光景を見て、朱飛が奥歯を噛み締める。

 主将の最後の攻撃を止めたのは――春明だった。


 ――雄二を護れ


 その命令が春明に力を与え、逸早くこの場に走らせた。

 ガシャンと短剣が崩れ落ちる音が響く中で、春明はその長髪を軽やかに靡かせて優雅に長刀を構える。

 そんな彼の姿に朱飛が動揺し、紅蓮の三日鷺が足蹴りを食らわせようと動くが、


 ――ガシッ!


 その足を斗真が抑えた。


 「主……!」

 「紅蓮の三日鷺、命令だ。今すぐ――」


 斗真が言霊を告げようとするが、三日鷺はそれに気づき素早く欠片を握り潰そうと拳に力を込める。

 だがそれを春明が食い止め、拳の中の欠片を払い捨てた。


 「ちぃっ……!」

 「今すぐお前の中の灯乃を呼び戻せ!」

 「……っ……御意」


 紅蓮の三日鷺は悔しそうに瞼を閉じると、纏っていた紅い炎が消え去り、力が抜けていくように斗真の腕の中へと崩れた。

 それと同時に仁内を支配していた縛りも消え、攻撃を止める。

 

 「ったく、毎回コケにしやがって」

 「ん……」


 そんな時、雄二が捨てられた三日鷺の欠片を見つけ、サッと拾い上げた。

 奴らに奪われる訳にはいかない。

 彼はギュッと自身の手の中に隠し握った。

 それを朱飛が一瞥する。


 「灯乃、大丈夫か?」


 装束が消え、灯乃は普段の姿を取り戻すと、斗真の声に再びその瞼が開かれ、ぼんやりとしたか弱い瞳を浮かべる。


 「斗、真?」

 「すまない。勝手をした」

 「斗真様、春明様」


 その時、主将が口を開き斗真達を振り向かせた。


 「そうだ、こいつら昨日襲ってきた奴らなんだが……」


 仁内が話しかけ、斗真と春明が彼らを視界に入れた途端、刃がとんだ。

 長刀の刃だった。


 「え……」

 「春明……!?」


 何故か春明が素早く彼らに攻撃を仕掛け、牙をむく。

 斗真も一瞬その行動が理解できなかったが、それはどうやら春明自身も同じようだった。

 三日鷺の力が宿り、身体が勝手に動いている。

 それは――命令の縛り。


 「斗真、何かあいつに命令してたのか?」

 「……あぁ、少し前だがな」

 「あ?」


 仁内が首をかしげていると、斗真は戦う春明に向かって声を張り上げた。

 

 「春明――仁内一派をなぎ払う命令を解除する」

 「……は?」


 斗真のその台詞に仁内が間の抜けた顔を見せると、何故か春明の動きが止まった。

 どうやら正解だったようで、春明がホッと息を吐く。


 「どういうことだ、俺のって……?」

 「まだ分からないのか? 彼らはお前が刀を狙って襲撃を仕掛けてきた時に引き連れていた連中だ」

 「え……あ!」


 斗真からそこまで説明されて仁内はようやく気がついた。

 彼自身が灯乃の三日鷺にされたあの夜、共に春明の別宅を襲った仲間達だ。

 今春明に攻撃されているところからすると、あの晩にはかろうじて彼の攻撃を受けずに逃げ果せた者達なのだろう。

 それもあってか、とりあえず怪我人が出る前に春明を止めることができた。


 「なるほどな。ってことは、あのババアが手を回した奴らで間違いねぇみたいだな」


 使用人の顔くらい覚えておけと、小言を吐く斗真をよそに仁内はすぐに納得すると、今度ははっきりとした敵意の目で朱飛を見る。


 「なら、それを罠だって言った朱飛の方が――」


 しかし。


 「――俺は騙されねぇ」


 仁内が言い終わる前に、それを遮るように呟いた雄二は朱飛の隣にいた。

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