第79話

 「――ったく。あのババア、何考えてんだか」


 仁内は大きく舌打ちをした。

 主将らから亜樹の大まかな事情や目的を知り、耳は傾けたものの、まだ信憑性にかける。

 彼らを信じていいのか、雄二も含めて二人は迷っていた。


 「どう思う? 仁内」

 「どうつったってなぁ」


 殺気もなく襲ってくる気配もない彼らを前にし、仁内は悩む。

 もし彼らの言うことが本当ならば、三日鷺である自身は危険な状態にあるということだ。

 それに、何度か灯乃に命令なしで身体を動かされた覚えがある。

 ということは、彼女との繋がりが深く、黒(からす)に一番近いのかもしれなかった。


 ――ちっ、ふざけやがって


 「だが、分かんねぇことがある」


 仁内は主将に問いかける。


 「俺らにこれを渡してきたのは何故だ?」


 彼はそう言うと、堂々と三日鷺の欠片を見せつけた。

 それを見た雄二が僅かに驚く。


 「お前、いつそんなもん手に入れてたんだよ?」

 「うっせぇな。斗真が黙っとけって言ったんだよ」

 「それは、亜樹様も悩んでおられました。あなたにお渡ししてよいものかを」


 主将は神妙な顔で答えた。

 《あなたに》ということは、やはり斗真の言う通り仁内に渡すつもりだったようだ。


 「それは三日鷺の欠片であってそうではない。その欠片だけは特別なのです」

 「特別?」

 「それは一番古い命令を打ち消す効力を持っている欠片。本来は、継承者である者が万一斬られた場合により、他者からの命令を回避するものなのです」

 「そんなものをどうして俺に?」

 「黒への侵蝕を少しでも遅らせる為。一つでもかけられた命令を消すことができれば、僅かでもそれを遅らせることができるかもしれないと、亜樹様はお考えになられたのです」

 

 だから奪われる危険を冒してまで欠片を仁内に。

 子を想う母の気持ちを知り、仁内は無言で欠片を握り締めた。


 ――くそっ、マジでふざけたババアだぜ


 「ってことは今、仁内にかけられてる最初の命令は消えてるってことか?」


 そんな時、雄二がふと呟いた。

 仁内にかけられた一番古い命令――それは、斗真の盾となること。


 「つっても、あいつがいねぇんじゃ確認の仕様もねぇ」

 「何かねぇのかよ。斗真が狙われてても、お前が助けに入らなかった時って」

 「うーん……あ」


 雄二に問いただされて、仁内は腕を組みながらハッと思い出した。

 それと同時に主将も思い当たることがあるのか、先に口を開く。


 「我らが謀反を働き、斗真様に刃を向けたその時、仁内様もその場におられたと聞いていますが」

 「そうそう! 陽子の犬が現れて、それに気を取られてた時だ」


 仁内はすっきりしたような顔で溌剌とした声をあげた。

 昨夜白い犬が現れ、それを追った警備斑の隙をついて、斗真が直接狙われたあの時。

 彼が襲われた光景を間近で見たが、確かに仁内の身体は彼を助けに走らなかったように思う。

 だとしたら、主将らが言っていることは本当ということになる。

 筈なのだが。


 「陽子の、犬……だと?」


 妙な引っ掛かりを雄二は覚えた。

 陽子の犬が現れていた、だとしたら彼女も側にいたのか?

 まさかもしかして、陽子はこいつらと――


 「……」


 途端に雄二の中で不信感が湧いた。

 雄二の家が燃やされたあの晩、陽子と出会い、彼女はニタリと薄気味悪く笑って去っていった。

 何処かで彼女が放火犯なのではと、雄二は疑っていたのかもしれない。

 それが今になって、じわじわと穿り出された。

 

 ――ならこいつらは、俺の家を燃やした犯人かもしれない……!


 雄二が彼らに敵意を持ったその時。


 「彼らの言うことを信じてはなりません!」


 朱飛が現れた。


 「朱飛?」

 「何でテメェがここに?」


 単独でやって来た彼女に、仁内はすぐに目を細めた。

 朱飛には斗真から離れられない縛りがあった筈。

 それなのに、彼の姿は何処にも見当たらない。

 だとしたら朱飛は、灯乃によって命令を解除されたか、主将らが言うようにもはや灯乃の三日鷺ではないか。

 仁内は疑り深く彼女を見た。


 ――どっちだ……!?


 「彼らは上手く取り入って仁内様の持つ欠片を奪取しようとしているのです。聞いてはなりません、罠です」

 「罠? じゃあ、テメェはそれを知らせに来たっていうのか? 斗真がそうさせたのか?」

 「えぇ、そうです。斗真様がその欠片を求めておいでです。さあ、欠片をこちらへ」


 仁内の質問に朱飛はそう言って手を伸ばしてきた。

 しかしそんな彼女の様子は明らかに落ち着きがなく、不必要に急かしてくる。

 まるで時間をかけて冷静さを取り戻させると嘘がバレると考える詐欺師のようだ。

 これは後者が正しいと考えるべきか、仁内は朱飛を警戒した。


 「だったら俺が直接あいつに持って行って訊……」


 しかし。


 ――え……?


 仁内の手からスゥッと欠片が奪われた。

 油断していた――雄二に奪われたのだ。

 彼は何の迷いもなく朱飛にそれを持っていくと、あっさりと手渡す。


 「おい雄二! テメェ何やってんだ!!」

 「お前こそ何言ってんだ! そいつらが本当に亜樹様の手下か分かんねぇだろ!? 昨日屋敷を襲った奴らだぞ! 普通に考えてそいつらの方が信用できねぇだろうが!」

 「ぐっ、そりゃそうかもしんねぇけど……」


 よく考えれば雄二の言うことも一理あるかもしれないと、仁内は頭を悩ませた。

 朱飛が何かを隠しているという先入観が、根本的な部分を見落とすことに繋がっていたのだ。

 確かに主将らが本当に亜樹の手の者か、その証拠がなかった。


 ――ちっ、使用人の顔なんていちいち覚えてねぇよ


 「何てことだ! 奴から欠片を取り戻せ!!」


 主将は朱飛のもとに欠片が渡ってしまったのを見ると、すかさず仲間に指示を出し、一斉に彼女へ襲いかかる。

 しかし、その前に。


 「――捕まえた、朱飛」


 彼女を抱きしめるようにして、背後に紅蓮の三日鷺が姿を現したのだ。

 皆思わず驚き、その場で動きを止める。


 「さぁ、朱飛。それを我に」

 「……分かりました」


 その膨大に広がる炎を前にして、誰もがその光景を止めることができず、欠片は朱飛の手から紅蓮の三日鷺の手に渡った。

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