第82話

 主将の一言を耳にして、斗真の心臓がドクンと大きくひと跳ねした。


 「間に……合わないかも、だと……?」

 「どういうこと?」


 思うように唇が動かせない様子の斗真を見かねてか、春明が主将に問いかける。

 すると躊躇いがちに口を開き、主将は語り出した。


 「亜樹様から聞いた話では、紅蓮の三日鷺の炎を宿した者はその時点で共に主を護るという契りを交わしているそうです。そして三日鷺の力を取り込み同化を始めているのであれば、その強大な力を彼女から契りものとも切り離せるとは考え難い、と」

 「つまり灯乃は、このまま黒になるのを待つしかねぇってことかよ?」


 仁内が険しく目をつり上げて、主将に詰め寄る。

 そんな彼は返す言葉が見当たらないのか視線を下へ逸らすと、その代わりに答えるように春明が口を開く。


 「もしくは三日鷺になった者達を解放し、三日鷺の欠片も全て集めて白に近づくか」


 冷静に言葉を口にする彼に、斗真は三日鷺の思惑を思い出した。


 「紅蓮の三日鷺が言っていたな、《雪白の三日鷺》として復活することが目的だと。つまり三日鷺の力となるもの全てを回収すれば、黒になることはないのだろう。朱飛はその為に欠片を持つ雄二を見張り、残りの欠片の行方を探っている」

 「それって、あいつ別に悪くねぇじゃん?」


 斗真の説明に仁内がもっともらしく声を張るが、そんな彼に周りの誰もが呆れ、春明に至っては溜息まで漏らす。


 「馬鹿ね、あんた」

 「何でだよ?」

 「仮にあの三日鷺が復活したとして、灯乃ちゃんが無事で済むってことにはならないでしょうが。身体だけ奪われて、意識なんて簡単に取り込まれてサヨナラってオチ、十分あり得るでしょ?」

 「あ……」

 「そして多分、それが正解だ」


 斗真が加えるように言う。


 「三日鷺は自身が俺に仕えることを望んでいるようだった。そもそも灯乃の意識を消す気がないのなら、密に動く必要はないからな」

 「じゃあどうすんだよ!? このままじゃ黒に近づいて駄目、かといって力を回収して白に近づいても駄目じゃ、灯乃は……っ!」


 ――間に合わないかもしれません


 先程聞いた台詞が、もう一度仁内の中へ流れたような気がした。


 「くそっ!」

 「仁内様っ」


 仁内は柱をひと蹴りすると、何処かへと行ってしまった。

 感情を荒げる程には、灯乃のことを大切に思っていたのだろうか。

 

 ――何でいつもこいつばかりが……


 彼自身も黒の道連れにされようとしているにも関わらず、それを忘れるくらいに仁内は灯乃のことで

 ギリっと奥歯を噛み締めて、何もしてやれないことを悔やんだ。


 「……まったくあの馬鹿は、ホント落ち着きがないんだから」

 「春明」


 そんな去っていく彼の背を春明が眺めていると、ふと斗真に声をかけられた。

 するとまっすぐな双眸が向けられ、春明はそれを見るなり彼から出るであろう言葉を察する。


 「とにかくお前だけでも三日鷺から……」

 「やめてよね」

 

 春明はすぐに斗真のそれを遮った。

 ――三日鷺から解放する。

 優しい彼ならば、必ずそう言うだろうと春明はすぐに分かっていた。


 「嫌だって言った筈よ。それにあたしは灯乃ちゃんの三日鷺じゃなくあなたの三日鷺よ、斗真君。おそらくあなたが黒になることはないわ、ならいつでも解放できる筈。ギリギリでもいいじゃない?」

 「そんな保証はない」

 「それでも今はやめて。あたしには雄二君を護れという命令がある。それは必要になってくるものでしょ?」

 「確かにそうだが」


 少し困ったように斗真が眉を歪ませる。

 雄二らを探す手段として、もし雄二に何かあれば春明にかけた命令が有効に働き、彼を感知することができる。

 勿論それは朱飛も知るところであり、阻止してくるだろうが可能性がない訳ではない。

 しかしそれでも春明の身を案じているのか戸惑いを見せる斗真に、春明は安心させるように優しく微笑みかけた。


 「あたしはただ、斗真君の力になりたいだけよ。大丈夫」


 ――やっとあなたの為に……やっとあなたの隣に立てる力を手に入れたのだから、絶対失いたくないの


 「それよりも」


 春明は眠る灯乃を一瞥してから斗真を見やる。

 途端に厳しい顔つきに変わる彼の表情を見て、斗真も険しく目を細めると、春明はそっと考えを口に出した。


 「ここからはあたしの勝手な憶測になるんだけど、紅蓮の三日鷺と星花ほとのかのことは……本当に関係ないのかしら?」

 「え……?」


 突然出てきたその名前に、斗真はドキッとして春明を瞠目した。

 最近まで頻繁に口にしたり耳にしたりしていた馴染みの名前なのに、今は聞いただけで何処かがチクリと痛むような感覚が起こる。

 そんな斗真の心情を知ってか知らずか、春明は叱咤するようにキッと目をつり上げると、少し口調を厳しくしながら続けた。


 「あんなことがなかったら、もしかしたら紅蓮の三日鷺に選ばれていたのは星だったじゃないかしら? 継承者の斗真君に一番近い存在の彼女の身体を奪って、一生を側で仕える。普通はそうしない?」

 「まさか星は、それを知ってあんなことを……?」

 「勝手な推測だけどね……だからって許しはしないけど。それにもう一つ、結果として紅蓮の三日鷺に選ばれたのは灯乃ちゃんだけど、それも本当に偶然なのかしら? 斗真君だって引っ掛かってたんじゃない?」

 「……」


 心当たりがあるのか、斗真はそっと目を逸らす。

 彼自身、考えたくないことだったのだろう。

 灯乃との大切な繋がりを、誰かの手によって仕組まれたものにはしたくなかったのだ。

 しかしそれをざっくり掴むように、春明は淡々と話す。


 「たまたまにしてはでき過ぎてるわ。灯乃ちゃんの幼馴染みの雄二君は前もって三日鷺の欠片を託されていて、それを託した女の犬は山城家と繋がっていた。挙句、その山城家の者が雄二君の家を焼いた。これで灯乃ちゃんが三日鷺に選ばれたが偶然という方がおかしいわ」


 春明はそう言うと、鋭く瞳をギラリと光らせて主将たちを睨んだ。


 「そもそも山城家のあなたたちが灯乃ちゃんの身を案じることにも疑念があるわ。三日鷺からの解放を願っているのなら、この子を黒にさせ自滅させるのが一番手っ取り早い筈。仁内のことを心配してるのなら、それより先に解放させておけばいいだけだもの。そういえば前に雄二君が話してくれたことがあったわ。灯乃ちゃんは昔から何故かよく変なことに巻き込まれるって。どうも関係してそうなんだけど?」


 春明はひと呼吸間を置いて主将たちの出方を窺うが、せっかちにも気持ちが先走って彼らの言葉を待たずに改めてはっきりと訊き直した。


 「全て話して貰うわよ。――灯乃ちゃんは何者?」

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