第71話

 ――えっと……


 顔を逸らした斗真の耳までもが赤くなっているのに気づき、灯乃もまた更に紅潮した。

 まさか彼がこんな反応を見せるとは思わず、だからなのか雄二や仁内を前にした時とは何処か違った恥ずかしさを感じる。


 ――鼓動が高鳴る。私、緊張してる……?


 「で……お前はそんな格好をしてまで叔母上に何を頼み込んだんだ?」

 「ぅえっ?」


 亜樹の部屋で灯乃がメイド服を着せられていることで勘づいたのか、斗真は大きく息を吐いて無理やり気持ちを落ち着かせながら訊ねた。

 灯乃としては、できることならこれ以上の迷惑をかけない為にも内緒にしておきたかったのだが、彼に誤魔化しは通用しないように思えて、渋々と口を開く。


 「実は、亜樹様から……嫌なにおいがしたの」

 「嫌なにおい?」

 「多分、血のにおい」

 「え……」


 灯乃のその言葉に、斗真は目を見開いて彼女を見た。

 灯乃は、時々手伝っている春明の傷の手当てでそのにおいを知っている。

 しかし斗真が先程亜樹に会った時は何も感じず、いつもの変わらない様子に思えた。

 考え過ぎではと、斗真が口を挟もうとしたその時、灯乃の手が何かを差し出す。


 「白い毛? ……まさか!」

 「亜樹様の部屋に落ちてたの。それに亜樹様、私に訊いてきたわ。昨日の者達は敵だと思う?って」

 「何、だと……?」

 「亜樹様、何かを知ってると思うの。昨日の人達のことも――もしかしたらお姉ちゃんのことも」

 「まさかお前、それを探る為にこんなことを?」


 斗真の問いかけに、灯乃はコクリと頷いた。

 上手くすれば、昨日の者達どころか陽子へどういう風に繋がっていたのかも分かるかもしれない。

 そう思って灯乃は強く意気込むが、その時、斗真が怒りを込めるように奥歯を噛み締め、突然彼女の両腕を掴み上げると、力強く側の柱に押し付けた。

 

 「えっ、とっ斗真!?」

 「馬鹿か、お前は! もし叔母上が奴らと繋がっていたらどうするんだ! 昨日拐われそうになったことを忘れたのか!?」


 斗真は激昂し両手に力を込めると、灯乃に向かって怒鳴り声をあげた。

 そのあまりの迫力に灯乃はされるがまま驚くが、両腕に痛みが走り顔を歪ませると、斗真はそれに気づいて必死に高ぶる感情を抑え、力をゆるめて俯いた。


 「どうして一人で動いた? 仁内と雄二は?」

 「雄二は学校に用があるみたいだったから、一人じゃ危ないと思って仁ちゃんも一緒に……」


 ……何てことだ。

 罰が悪そうに答える彼女に、斗真は怒りなのか呆れなのか、もはや入り混じって何が何だか分からなくなり、眩暈を覚えた。

 学校に何の用があるのかは分からないが、灯乃一人で危険な行動をとらせるくらいなら残るべきなのに、それが彼らには分からなかったというのか?

 いや、違う――あの二人にも灯乃は何も告げずに送り出したのだろう。


 「何て無茶なことを……とにかくお前に何もなくて良かった」

 「斗真……」


 斗真が心の底からホッとしているのが手に取るように分かり、灯乃は申し訳なく思った。


 「やっぱり斗真は優しいね。こんな私にも気遣ってくれるなんて」

 「え?」

 「でも、そこまで責任を感じなくてもいいんだよ? 私を巻き込んだこと、ずっと気にしてるんでしょ?」


 灯乃はどういう訳か、斗真が優しくしてくれるのは三日鷺にしてしまったことへの負い目からだと勘違いしているようで、彼が特別な感情を抱いて接していることに全く気づいていなかった。

 昨夜、彼女を抱きしめたことで想いを伝えたと思っていた斗真にはそれが結構なショックで、大きな脱力感に彼は肩を落とす。


 「ところで、そろそろこの手を放してくれると有難いんだけど?」


 そんな時、灯乃が言い難そうにしながらもおずおずと斗真に要求した。

 先程からずっと彼に両腕を掴まれたまま拘束されていて、灯乃は落ち着かないでいるのだ。

 しかしその言葉は、今の斗真を逆撫でするだけで、彼の機嫌を損ねさせる。


 「嫌だと言ったら?」

 「え……?」


 斗真の目がギラリと光り、灯乃を見つめた。

 まっすぐで何か熱いものを内に秘めている二つの瞳が、彼女をゾクリとさせ、気持ちを高ぶらせる。


 ――斗真……?


 「灯乃、俺は――」


 そんな時。


 「あ、斗真君。こんなところにいた」


 亜樹の部屋の通路から春明が歩いてきて、声をかけてきた。

 そのせいで一瞬斗真の気がゆるむと、その隙に灯乃はサッと彼から逃げるように離れ、春明のところへ向かう。


 「春明さん」

 「やっぱり灯乃ちゃんだったのね。結局メイド服着てるじゃない、かわいいけど」


 春明が明るい声でニコッと笑うと、その笑みに灯乃はホッとしつつも、こっそりと目の端で斗真の姿を伺った。


 ――ドキドキしてる。斗真、何を言おうとしたんだろう……?


 「斗真君、朝食にしましょ。灯乃ちゃんはもう食べたの?」

 「え、うん。まかないで頂いだから」

 「灯乃ちゃんはこっちよ」


 すると春明についてきていたのか、亜樹がその姿を現し灯乃に近づくと、斗真が動くより先に灯乃の腕を組み引き寄せる。


 「灯乃ちゃんは今日一日私の専属メイドなの。勝手に連れて行かないで頂戴ね、斗真さん」

 「叔母上……」


 亜樹はそう言うと、横槍は許すまいとするかのように素早く灯乃を連れ去っていく。

 すると、去り際に亜樹の顔が一瞬企みを含む笑みに歪み、途端に斗真へ焦りを覚えさせた。


 ――あの人は、灯乃をどうする気だ……!?


 しかし分かっていても彼女を引き止めておく口実が見当たらず、みすみす灯乃を奪われてしまったことに、斗真は悔しさで拳を握り締める。


 ――でも。だからといって、好きにはさせない


 「……灯乃を頼む――朱飛」

 「御意に」


 独り言のように呟かれた斗真のその言葉に、彼の背後で身を潜めていた影が返事をした。

 朱飛が打ち合わせを終え、斗真のもとへと戻っていたのだ。


 「それと斗真様――」

 「分かっている。雄二達のことは考えておく。道薛が戻ったら、すぐに俺のところへ来るよう伝えてくれ」

 「はい。そのように」


 朱飛は静かにそう返すと、僅かに春明の方へ視線を向ける。

 一方で全く朱飛を気にする素振りも見せない彼に、少し寂しさを感じながらも、彼女は亜樹達の跡を追っていった。

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