思惑

第66話

 朱飛は屋敷をぐるりと一周し、不審者がいないかを見て回っていた。

 般若の影らを取り逃がした後、すぐに使用人全員の身体検査も行ったが、特に不審な点は見当たらず、唯一敵の素顔を見た雄二も、薄暗くてよく見えなかったと言葉を濁すだけに終わった。

 朱飛は玄関ホールを通り過ぎようというところで、正門の側で警備をしている雄二を見つけ足を止める。


 ――薄暗くてよく見えなかった? 本当に……?


 合流した時の彼の様子が何処となく戸惑っていたような気がして、朱飛は疑いの視線を向ける。

 これはもう一度確認し直した方が良いのではないだろうか。

 朱飛はそう思い、外へと方向を変えると、その時。


 ――ぐいっ!


 突然誰かに腕を掴まれ、彼女はひと気のない暗い廊下へと引き込まれた。


 「何者っ!?」


 朱飛は咄嗟にクナイを取り出し攻撃しようとしたが、その手を強い力で握られ壁に押し付けられる。

 ならば蹴りを食らわせようとするも、その瞬間、相手の顔が視界に入って思わず動きを止めた。

 雲に隠れていた月がゆっくりと現れ、辺りを照らし出す。

 すると、明るくなっていく彼女の目の前から、美しい容姿をもつ彼の姿が現れた。


 「警備中なのに、背後がガラ空き。油断し過ぎなんじゃない? 朱飛」

 「春明様……!?」

 「今、何処に行こうとしてたの?」

 「え……ぁっ……!」


 答える間もなく春明が擦り寄ってきて、朱飛の身体はビクンとはねた。

 壁に挟まれ逃げ場はなく、掴まれた腕も何故か力が入らず振り解けない。

 そもそも朱飛が春明相手に抵抗などできない。

 それを知っていて、春明は悪戯するようにわざと彼女の耳元で吐息をもらしながら囁く。


 「ねぇ、朱飛。あなた、雄二君とすごぉく仲良くしてるじゃない?」

 「そっそんなことは……」

 「何を隠してるの? あなた達」

 「……っ!」


 春明の双眸が月光に照らされ、艶やかに光った。

 朱飛が何も答えず黙ってしまうと、春明は彼女の着物を下から少しずつはだけさせ、現れた白い足に自身のそれを絡ませ、奥へとくい込ませていく。

 二人の身体が更に密着し、朱飛の鼓動が一気に狂ったように騒ぎ立つ。抑えられない。

 朱飛は真っ赤になると、恥ずかしさのあまり彼から顔を背けた。


 「春明、様……お止め、下さ……っ」

 「他にもあるわ。さっきの般若面の奴らが何者なのか、あなた知ってるでしょ?」

 「……!」

 「気づかれないとでも思ってたの? あたしがいつも何を扱っていたか、忘れた訳じゃないわよね?」


 春明はそう言うと、彼女を詰るように耳朶を甘噛みする。

 すると全身に電流のような感覚が走り、朱飛はきつく目を瞑り悶えた。

 彼が最も得意として扱っていたのが薙刀ではないことは、朱飛が一番よく知っている。

 春明が最も得意としているのは――暗器。

 朱飛が普段使用しているクナイをはじめ、隠し武器の類は誰より彼が群を抜いて得意としているものだった。


 「あれだけ見せられれば分かるわ。あの動き、誰かさんたちとそっくり。そうよね? 朱飛」

 「……それは……」

 「おかしい点はたくさんあったわ。まず奇襲されるにしても、あまりに早過ぎたこと。あたしたちがここに着いてまだ一日なのよ? 外部犯の仕業なら情報漏洩もいいとこだわ。次に奴らが現れたあの場だけ、警備が雑。聞いたわ、たかが犬一匹を警備斑全員が追いかけたんですって? 本当に大真面目でやったことなら呆れてものも言えないわ。――あなたもそう思うでしょ?」

 「……申し訳、ございません」

 「許さない」


 春明は低い声を出して呟くと、朱飛の耳朶を思い切り噛んだ。

 そのあまりの痛みに彼女の顔が歪むと、春明は気を良くしたのか唇をつり上げ、静かにほくそ笑む。


 「知ってること全部話しなさい、朱飛。あなたがあたしに盾つくなんて、そんなことしないわよね?」

 「私は……」

 「ちゃんと答えたら、いっぱいお仕置きしてあげる――欲しいでしょ? 朱飛」


 噛まれた耳朶から赤い血が滲む。

 春明がそれをクチュクチュと音を立てて吸い上げると、朱飛の身体はビクビクと震えた。


 ――もう何も考えられない……この方からは逃げられない……でも……


 朱飛は、拘束されていないもう一方の手で彼の身体を力なく押し離そうとした。

 その行為が春明には予想外だったのか、少しムッとして彼女の顎をぐいっと掴み上げた。


 「ねぇ、朱飛。逆らわないわよね?」


 互いの目がかち合い、その瞬間朱飛はしまったと硬直する。


 ――いけない。この方のこの目を見ては……


 視線を通して、春明の何かが中へ入ってくるようだった。

 艶やかで、中心を突かれるような、気持ちいい感じ。


 ――いけない。この方のこの目を




 女が見ては――

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