第65話
その後、斗真は春明と別れ邸内を回った。
すると正面の通路から灯乃が一人で歩いてくるのが見え、自然と互いに足を止める。
「警備は終わったのか?」
「うん、朱飛がもういいって。特に何もなかったよ」
「そうか」
それから会話が途切れ、少しの沈黙が流れた。
灯乃が敵――そんな疑いの目を斗真はチラチラと彼女に垣間見せていると、灯乃が少し俯いて申し訳なさそうに小さく呟く。
「……ごめんね、斗真」
「え?」
「私、また何もできなかった」
どうやら戦うことができず迷惑をかけてしまったと思っているのか、灯乃は今にも泣きそうな表情で続ける。
「せっかく三日鷺と同化してるのに上手く使いこなせないで、春明さんにもまた無理させちゃった」
「仕方ないだろう。同化がどういうものかも分かっていないのに、完全にコントロールするなんて無理だ。お前が気にすることじゃない」
「そうだけど……」
これまでの失敗や失態も加えて悔やんでいるのだろう。
本当に立ち直れないくらいに心が折れてしまいそうな様子で灯乃は溜息をついた。
こんな彼女を見ると、やはり気の利いた言葉をかけてやりたくなる。
――演技だとは到底思えないが……
「なあ、灯乃」
「何?」
「お前はどうしてそんなに頑張ろうとする? どうしてそんなに協力的でいてくれるんだ?」
「え……?」
斗真は灯乃に訊ねた。
「憎くはないのか、俺が。俺はお前を縛り、雄二や母親も巻き込んで、帰る家さえ失わせてしまった。そんな俺を殺して、三日鷺から解放されたいとは思わないのか?」
斗真はまっすぐ彼女の目を見て言う。
本当は自分のことをどう思っているのか、内心は穏やかではなかった。
本当は殺したいほど憎んでいるんじゃないだろうか。
ついて来たことを後悔しているんじゃないだろうか。
頭の中はぐるぐると嫌な想像だけが巡って、おかしくなりそうだった。
しかしそれでも斗真は平静を装い、あくまで確認の為と偽って聞く。
すると灯乃は、予想外にポカンとした表情を斗真に見せると、次の瞬間クスッと笑った。
「斗真って、変なこと言うんだね」
「え」
「私はずっと斗真に護られて来たんだよ? ずっと斗真に助けて貰って、引っ張って貰って、ここまで来れた。斗真が本当は皆を巻き込みたくないって思ってるのも知ってるし、だから憎んだり殺そうなんて思わないよ。――斗真だけには、絶対そんなこと思わない」
「灯乃……?」
灯乃は胸に手を当てると、大事そうにギュッとそれを包み込んだ。
「だって斗真は――誰にも必要とされなかった私を選んでくれた人だから」
「……!」
「たとえ私が紅蓮の三日鷺になったからなんだとしても、私に俺を選べって言ってくれた人だから。居場所をつくってくれた人だから。だから斗真を悪くなんて絶対に思わない」
灯乃は少し照れくさそうに頬を染めながらも、温かい笑みを浮かべてそう答えた。
――ドクン……
その瞬間、斗真の心臓が大きく音を立てて跳ね上がった。
彼女には敵わない――心の底からそう思ったのだ。
彼女が潔白かどうかなんて分からない、もうどうでもいい。
憎まれても仕方ない筈の自分に、灯乃は護られて来たと優しい笑顔で言ってくれた。
悪くなんて絶対に思わないと言ってくれた、ただそれだけで斗真にはもう十分だった。
――護りたい。俺の、この手でこの笑顔を……
「……斗、真……?」
斗真は灯乃の手を引くと――彼女の身体を強く抱きしめた。
――力を取り戻したい。灯乃を護るのは、俺でありたい
――好きだ
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