第62話

 斗真は廊下を歩いていた。

 けれど一人ではない、隣には何故か仁内がいる。


 「何故ついてくる?」

 「うるせぇ。俺ん家で勝手に動き回られたくねぇだけだ」


 不貞腐れた顔で仁内は、ボソッと呟くように言った。

 斗真は、灯乃が使用人全員を把握しようとしているのを仁内から聞き、共に把握しようと彼女を追っているのだ。

 しかし何故かそこへ仁内もついて来ていて、斗真は複雑な思いに駆られた。

 以前の仁内なら、こうして肩を並べて歩くことなどきっと嫌がっただろうに。

 ついて来る理由は、やはり灯乃だろうか。

 

 「おい斗真」

 「何だ?」

 「ところでコレは、どうするつもりなんだ?」


 周りに人の気配がないのを密かに確認しながら、仁内は何気ないように訊ねた。

 コレ――それだけで斗真はすぐに理解する。

 仁内が言っているのは、三日鷺の欠片のこと。

 陽子が連れていたという白い犬から託されてから、ずっと仁内が隠し持っているのだ。


 「持っていてお前は何ともないか?」

 「まぁな。どうやら三日鷺の俺でも触れるみてぇだし、今のところ何かの命令をかけられてる感じはしねぇ。早いとこ、どうにかしろよな」

 「いや、まだお前が持て。もう少し様子をみたい」

 「なんでだよ?」

 「本当に何の命令もかけられていないとは限らない。だとしたら、俺では確認できないこともある」


 その言葉に仁内は軽く舌打ちした。

 斗真は三日鷺の継承者、もし欠片に命令がかけられていても彼には効力を発揮しない可能性がある。


 「それにもしかしたらそれは、お前を選んで託されたものかもしれないしな」

 「あ? なんで俺なんだよ。灯乃に渡そうとしてたに決まってんだろ」

 「そんな気がしただけだ。とにかく今はお前が持て、灯乃にも渡すな。あいつに余計な命令がかかって黒に戻ることがあってはならない」

 「黒?」

 

 斗真はそう言うと、静かに真紅の鞘から刀を抜き眺めた。

 欠片とはいえ、三日鷺の効力をもつ石。

 それを誰も狙って来ない筈がない。


 ――間違いなく、あの人も……


 「このまま他の奴らにも秘密にしておくのか?」

 「あぁ、知る者は少ない方がいい。灯乃にもそう言ってある」

 「……春明にもか?」

 「今は傷の回復に専念させてやりたい。あいつには頼り過ぎてしまっているからな」

 「……」


 斗真はそう言うと、刀を収めまっすぐ歩いて行く。

 しかしそんな彼が、仁内に不快感を与えた。


 ――てめぇの口から、頼るなんて言葉が出るなんてな。随分、弱くなっちまったな


 以前の斗真なら、その強さ故に誰かを頼るなんてことはなかった。

 何だか目指していたものが消えてしまったような、そんな失望感を仁内は覚えた。

 と、その時。


 「仁内っ」


 ガラス戸の外を睨みながら、斗真は突然切迫する声で彼を呼んだ。

 仁内もそちらを見ると、暗闇の中で白銀に輝くものが静かにこちらを見ていて、彼は驚愕する。


 「あれは!?」

 「どうしてここに……?」


 二人が見つけたのは――紛うことなく陽子の白い犬。

 仁内が飛び出さんとする勢いでガラス戸を開け放って外へ出ると、それは夜空を見上げ大きく響き渡るように遠吠えをした。

 すると次の瞬間、一斉にその犬に向かって無数のクナイが飛び交い、警備斑が何処からともなく姿を現す。

 クナイと身のこなしからして朱飛の一派であろうが、追い払うというより捕獲しようとしているのかどれも急所を外した攻撃を繰り出していた。

 恐らく陽子の犬だと知っているのだろう。

 それは飛んでくる刃たちを躱し、庭を駆ける。


 「殺すな! 捕らえろ!」


 警備斑の誰かが叫び、途端に辺りが騒がしくなった。

 犬はその場からどんどん遠ざかり駆けていくと、それを追って斑全体が斗真たちを取り残すように去っていく。


 「あ、おいっ」


 仁内も追いかけようと身体を向け、走り出そうとするが……その時。




 「――え」




 後ろで大きな殺気の風が吹いた。

 仁内が振り向くと、まさに斗真の方へ大きな黒影が跳び、柱に押し付けた彼に短剣を振りかざす光景が映る。


 「斗真!」


 それは全身を黒マントで覆い、般若の能面をかけた、正体の分からない謎の者だった。

 斗真は身体をひねり、するりとそれから離れるように床を転がると、般若の敵もすぐに彼を追い連撃を仕掛ける。

 鋭く速い。

 けれど斗真にとっては見切れる速さだったのか、難なく躱していくと、反対に捕らえようと掴みかかろうとするが、相手もまたそれを避け、距離を置いて離れた。


 「お前は誰だ?」

 「……」


 斗真の問いかけに何も答えないそれは、仕込んでいたもう一つの短剣を出し、両手に構える。

 しかし背後で仁内が戦斧を持って戦闘態勢に入っているのに気づくと、自身の態勢を変え、双方を警戒する。

 流石に二人相手では難しいと思ったのか、纏っていた殺気が少し和らぐ。

 とその時。


 ――シュンッ!


 体をすり抜けるように、斗真の後ろから数本のクナイが般若の敵に向かって放たれ、彼らの視線がそちらへ向いた。

 そこには駆けつけた朱飛が二射目のクナイを構えていて、奴を睨んでいる。


 「斗真様、お下がりを」


 相手が三人ともなればもはや戦闘意思はなくなったのか、二つの短剣を斗真と仁内それぞれに捨てるように投げると、敵はその一瞬の隙に外へ飛び出した。

 しかし逃げるその背に朱飛がクナイを放つと、それはどうやら左肩に突き刺さったようで、傷口を手で覆い苦しそうに暗闇へ消えていく。

 朱飛はすぐさま片手で指笛を吹くと、戻ってきた警備斑の幾人かにそれを追わせた。


 「何なんだ、あれは」

 「分からない。だが、間違いなく《例の奴ら》じゃない」

 「え」


 仁内の呟きに、斗真は静かにそう言う。


 「今の奴は三日鷺には目もくれず、まっすぐ俺を狙ってきた。殺す気でな」


 斗真は般若の敵が去っていった外の暗闇に目をやると、三日鷺の鞘を強く握しめた。

 今まで三日鷺を奪う為に狙われることはあっても、自身の命を目的に狙われることはなかったのだ。

 そしてそれは、陽子の犬と繋がっている。


 ――体格や放たれた短剣の軽さからして、今の奴は恐らく女。何だ? ……嫌な予感がする


 斗真は顔を顰めると、その時ふとハッとした。


 「……灯乃は? あいつは今、何処にいる!?」

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